ごと、と薄い白磁の容器が上質な絨毯に落下した。さながら突き落とされたように卓の縁より少し離れたところに落下したそれは絨毯にじわじわと領土を広げている。突き落とした、というよりも叩き落とした、が似合いだろうか、その人物の指の延長とばかりにすらりと延びた金属は優雅に手中で光っている。

「つまらぬ」

水草の漂うがごとく篭った一声は変化の欠片もない尋問に飽きたのだと明らかに示していた。彼は臙脂をゆるると怠惰に括って出来た髪束を細かに揺らして不満足を訴える。

「つまらぬぞ、帽子屋」
「…知りませんヨ、貴方が呼んだんでしょうに」

相対する白髪もまた問いを投げる者以上に不満足、寧ろ嫌悪と退屈に顔を歪ませて応えを返す。

「ならば答えぬか」
「知らない、と私ははっきりと応えましたが」
「それは情報に入らぬ」
「なら私からは情報は何も得られませんよ」

問答に翻す鉄の扇子の裏には疑問符、返応するその舌先には嘘。尺の空気を乱すが如く白髪の男は半濁音の溜息をついた。それにちらりと臙脂の視線が流れる。

「…ならば汝は役立たずの馬鹿じゃ、死んだとて我には関わりがない」

寧ろ、そのような屑は塵芥と消え失せればよい。情報のない汝などは気にくわぬ、すべての嫌悪の対象よ。

ゆるると何も感情を込めずに漂った言葉に私にだって、と隻眼が眇(すがめ)られた。

「貴方など死んでしまっても同じことなんですよ、」

気にくわない、只の老いぼれですからネ。
目上の公爵に向かい思い切り毒を吐いた者に ひく、と柳眉がうごく。

「…全く礼儀を知らぬ馬鹿よの、汝は一体何で死ぬのじゃろうな?」

死ぬなら何がよい、泥のなかで窒息か、それとも醜く飛び下りか首吊りか。それとも。

「我が苦い過去を全てわすれてやりなおさせてやろうか。綺麗なまま我の幻影で幸せに送られるのはどうじゃ」
「お断りですよ、只の幻なんか」
「全く…喰えぬ奴め」
「喰えぬ奴で結構」

応酬される言葉にやはりつまらぬぞと返した毛先は吐き出した言葉の延長にある指に梳かれた。

「……ならば、情死などはどうじゃ」

すこしだけ、渋い眉間を緩めて隻眼が面白そうに歪む。

「自惚れてますねェ、承諾するとでも?」
「否、我とてそのようなことは望まぬわ」
「私だってあの世まで貴方とともに、なんて吐き気がしますヨ」

まあ老いぼれを看取るくらいならしてやってもいいですけどね。
そう言って随分と加虐趣味的な笑みを眉目に貼り付けた青年はもうすっかり冷めた紅茶に角砂糖を落とした。
目許をうつくしく歪めて臙脂の麗人は問う、

「後は追ってくれるのじゃろうな?」
「そんなの勿論」





海月の背骨
(ある訳無いですよ、)
(馬鹿げた話だ)

10.06.20
title by 水葬

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