ひとつ、唇が降る。ふたつ、唇に降る。いつまでも優しさに慣れない。温もりに慣れない。何も愛を知らない子供のようにふるり、とその度に身体を震わす。見えないんだ、君の顔が。降る唇が。その髪の眼の優しく温かいいろが。

「レイム……」

彼の断片が口を割る。皮膚の薄い一点、そこがまた触れ、僅かな温もりが伝わり、離れる。ほんの一瞬だけ、だ。星の不安定な瞬きと梢の揺らぎの、その影だけが私の眼の中の一部を揺らすのだ。見えないというのに影が。錯覚なのか、もう近くに居すぎて君が視ているものが朦朧と見えているのだろうか。

また触れる唇は今度は額に。鼻に。頬に。首筋に吐息だけ触れたそれを指で辿りその場に留めた。

「どうした」
「いえ…」
「別になにもしないぞ」
「ええ」
「見えないのが怖いのか」
「違いますよ、ただ」
「ただ?」
「視界のない状態で君に触れられるのは慣れない、」

つまりは怖いのだろうと返されて仕舞えば抗えないそれに彼はなにも答えなかった。そのかわり当てた指先がやわく退かされて喉元の血脈に唇が押し当てられる。それと共にひやりと触れたちいさな彼の世界。さながら硝子窓といったものを囲む銀縁の冷たさに く、と強張った肩を布越しに熱い掌が撫ぜた。

いまの私はふわふわとした夢のなかにまどろんでいる。真暗な世界で彼の温もりだけが夢のように実体をもって優しいのだ。温もりが嬉しい。彼が来るまでの真暗い世界は過去だった。そのなかで私は眠る、否、ねむっていたのだから。
ああそれでは今の私は起きているのだろうか。なにも、みえない。

「ザクス、ザークシーズ…」
「…はい、聞こえてますよ」
「……ケビン、」
「っ!なにをいきなり」
「お前は今、幸せか」

耳朶を震わす彼の声はどくりと跳ね上がった心臓の鼓動よりも強く、甞て若かったころの私が味わった絶望よりも甘い。ああ、君はなんてことを言うのだ。

「…愚問ですネ」
「ケビン、」
「私は、幸せですよ」

耳元で く、と彼が息を詰める。自分が聞いたくせになにを、と笑いながら言いかけた唇は頬にひたりと寄せられた掌に静止した。ぬるく湿った唇がまた重なり離れる。もういちど、もういちど。あたたかい、と思った色がわからないのだけが寂しい。

「もう、いちど」
「…本当に今日はどこか悪いのか?」
「いえ」
「……まあいい、おまえの我が儘なんていつもだからな」
「はは、すみませんネ」

(嗚呼、夢みたいだ)

君の唇が触れるほどに過去の痛みが遠ざかってゆく、そんな幸せな夢。お願いだから私を埋めてくれ、私の心を。いっそ土で、それとも貴方の愛で。
もうひとつ。落とされた唇に視えないはずの自らの紅をみた。







ゆめならば
(どうか現実の君)
(ここへきて、抱き寄せて)

10.05.23
♪every/time/you/kissed/me

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