電話の向こうでは彼の唇が動いているのだろう。それはそれはせわしなく。今、さっきと昨日、この一週間。レイムは自分が体験したことや愚痴を受話器越しにやけに楽しそうに話している。出張先から今帰ったんだ、だから電話した。開口一番にそう言って。

「どうしたんです、貴方らしくもない話し方じゃないですか」
『ああ、なかなか会えなかったからな』

すっぱりと返された、私にとっての爆弾発言。確かに同僚とか恋人という立場やらで毎日会っていたのがもう一週間も顔をみていない。だからといって突然そんなことを言われても私には随分と直截な告白にしか聞こえないのだ。何を言っているんですか、は、考えるそばから只の息になって洩れていく。反則だ。ああ彼の言葉に『反則』の二文字を感じるのはもう何度目なのだろう、彼とは十年以上を共にしたといえども無自覚の台詞の不意打ちにはまだまだ慣れない。へたれのくせに、といかにも餓鬼っぽい台詞だけが今この瞬間だけ出来の悪い頭に浮かんだ。

『…おい、黙っているがちゃんと聞こえているのか、ザクス』

思わずつぐんだ口が、また開く。ベッドに転がって、不意打ちに携帯を落としそうになりながら。はくはくと空気を食(ハ)んだ唇はようやく音を搾り出す。全く君はなにを恥ずかしいことを言っているんです?思わず固まっちゃったじゃないですか。いや別に事実だろう。顔がみえないからか、いつも面と向かって言えば意味を悟って赤面するであろう同僚はさらりと流した。また絶句する。ぱく、と開いた口が傍からみたらだらし無いことになっているのだろう(勿論誰もいないのだが)。とてつもなく鈍いのかそれともわざとなのか。どちらにせよ本当に恥ずかしいひとだ。
頬が熱くなっていくのが暖房のせいではないと断言できる季節を呪った。

まあいい。それでな。黙ったままの私を気にすることもなく続けられる言葉。普段から低音と高音とを忙しく行き来していて、今日は何故か強気で、でもやっぱりへたれている電話越しの空気の震えはその後も珍しく饒舌に日々を語る。耳から頭を突き抜けて耳へ。端末につけた頭の右側を下にしないようにごろりと転がったままで、分解され記号化され再構築された彼の声を聞くともなしに聞く。その響きに心地良い、と包まった布団のあたたかさも手伝って、歓喜に似た、それよりもゆるやかな感情が耳朶から胸まで這い降りてきた。

ああそうだ、確かに彼が言うとおりに久しぶりなのだ。これは私が大好きなひとの、一週間ぶりの声。私はなんだかんだと言いながらも彼が、レイムが好きなんだ。声を聞いただけでこんなにうれしい。

ぼんやりとそこまで考ると頬はあかく、頭の中は悔しくなってきた。あたたかい、それを大切に思いながらもなぜ、私がこんなに考えなくてはならないのかと問答を繰り返してしまう。ああ、レイムはずるい。見えない相手だとか妙なところでだけ優位に立つのだから。狡いのだ。そうに決まっている。

仕返しにレイムにも、滑らかに舌を喋ることで忙殺している電話の向こうの苦労人にも同じ思いを。私と同じように悔しくて、でもそれでも大切だという板挟みを味わわせてやりたい。

「……なんか君、ずるいですよね」
『は?』
「君が優位にいるのはいやなものです、」
『今の会話のどこが優位だ、だいたいいつもお前に振り回されているだろう』
「という訳で今からそっちに行きますから」
『いきなり何を言うんだ、もう夜の9時だぞ』
「じゃあ直ぐに着きますからね」
『人の話を聞け!君には常識というものがないのかね!』
「ちゃんと待ってなさいヨ」
『こら、ザークシー』

ぴ。携帯の通信を一方的に切って、電子音で彼の声を無理矢理遮断する。しかし心を突き抜けた余韻、その震えはまだ残っている。いやだな、結局私が負けたみたいじゃないですか。と、息を吐いて人形を撫でた。

「さて、行ってきますね、エミリー」

はやく機械越しでないかれの声が聞きたい、赤面した顔をからかいたい。かちゃ。人形の関節は同意を示すように鳴った。そして私の呆けた口許は引き締まり吊り上がり、笑みのかたちでうごく。嗚呼。

「十分後が楽しみですネ」















秒読み開始!
(仕返しですよ、と)
(唇が触れ合うまで)



***

遅くなりましたがカナタさんに捧げる相互記念です……本ッ当に遅くなってすみませんでした!(土下座)
パロとのリクエストでしたので一応は現代会社員パロ…のつもりなのですがパロ要素が携帯電話しかないという。普通に電話にしてしまったら原作設定で通用しますね(苦笑)あと予想外にブレイクが乙女になりました。あああ、無難に大学パロにすればよかったかなあ…´`

こんなでよろしければ貰ってやってくださいな……!相互ありがとうございます、これからもよろしくお願いしますね!

10.04.26



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