あの地に二人、とある日に | ナノ
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あの地へ二人、とある日に

「今度の日曜から泊まりで日光へ行かないか?」
 告げられた京一の申し出は涼介の目を一瞬見開かせ、そして細ませるものだった。僅かな時間を京一の部屋での逢瀬とした二人は食事を用意し(おもに京一が)、酒が注がれたグラスをカチンと鳴らした。
「前から言っていたのをやっとか」
 上手く焼けたほこほこの西京焼きを口に運び、涼介はふんと鼻息を鳴らして言った。
「……嫌味か」
 京一は口をへの字にし片眉を上げてグラスの中で揺れる酒を口に運んだ。
 夜でなく日中に日光へ観光へ行こう。普通の観光客のように観光するんだ。泊まりも入れて。
と、涼介は過去に何度か京一に言っていた。都合が合いにくかったのと、天気が悪かった。他には激増する国内外からの観光客のせいで混んでいるのもあった。特に紅葉の季節など行くもんじゃないというのは以前から言われていたものだ。
 珍しく、平日の天気のいい初春。まだ肌寒くはあるが消化せねばならない休みが京一の方にあった。涼介は次期研修医療機関への出向のために準備をしている身だった。
 昨夜もそうだった。そして合間に時間が取れれば京一の部屋へ行って蜜な時間を過ごしていたが、それはやはり夜に限定するもので泊まりで観光などここしばらくは本当に機会が無かったのである。
「俺はおのぼりさんがしたいんだ。日光案内は任せる。皇帝のお前に」
「……開店休業だぞ。皇帝は」
 涼介はその言葉を聞いていつもはきりりとしていた眉が少しハの字になった。それを見た京一は慌てて、
「わかったわかった、まだまだ皇帝の威光は捨てたもんじゃねぇぞ」
と、言った。


 そして少し経ったある夜。涼介の楽しそうな声が群馬県前橋市の高級住宅街の一画に建つ豪邸の一室から聞こえる。
「楽しみだ!お前も楽しみだろう?」
 普段、逢瀬に使うのは主に東武宇都宮駅そばにあるマンションの京一の部屋だった。ゆっくりと人目を気にせずに色々と……都合がいいのだ。
 だが泊まりで、と言ってもそう何泊もできるもんじゃなかった。お互い忙しい身でもあるし、よくて二泊三日だろうか。涼介は今更ながら栃木観光のパンフレットや雑誌を手に入れて、うきうきと計画を練っている。スピーカーにしたスマートフォンの向こうにいる京一相手に日光の観光スポットについてあれやこれやと言っていた。
「華厳の滝に田沢邸……中禅寺湖の遊覧船もあるな。龍頭の滝に湯滝……京一、回れるとこは回るぞ」
 涼介は群馬医大へと出向き、その帰り道に手に入れたパンフレットを見ながら微笑んでいる。群馬と栃木は隣県ゆえに今更観光というのもというムードはあるが、あえてそれをしたい、しかも皇帝たる京一のおひざ元で、自身がその皇帝の最も大切な人間であると日光の神様にも挨拶をしたいと言う。
 京一は「……」と間が開いて、涼介はすかさず「何かおかしいか」と、鼻のロータリーエンジンをブォンと吹いた。
「いや、……まあ、悪かねぇが。……それとあれはもう無くなってしまったらしいぞ」
「……」
 京一の言葉に今度は涼介が無言の間が開いた。


 夜、京一は北関東自動車道をエボVで走行し、宇都宮から群馬県前橋市へと向かった。そして群馬大学医学部病院を出た涼介を拾い、そのまま足尾銅山を通り過ぎ122号線を走り日光へと向かう。この夜に予約したホテルへと向かうためだ。
 涼介を拾った京一はエボVをいったん今市まで走らせ、涼介が食べたいと言った老舗の餃子専門店で食事を摂った。そこは満州からの引き揚げ者が創設した水餃子が美味いと評判の店だった。元々、宇都宮や福島に餃子を扱う店が多いのは満州や中国からの引き揚げ者が多かったというのがあって、水餃子はニラや白菜、豚肉は入っていてもニンニクを使わないものがある。涼介は水餃子や肉まんを少し小さくした包子が好きで、そういった店を希望した。前述のとおり、この包子もニラは入っていてもニンニクは入っていない。ニンニクを別の小皿に盛ってかじりながら食べる方法も本国ではあるという。涼介はそれはせずに上品に瑞々しい水餃子とホカホカとした包子を食していた。
「お土産に持って帰る」
 涼介はホテルで食べるのだと嬉しそうだ。京一は包子を持ち帰りに頼み、会計をした。

「金谷ホテルでも良かったんだけどな」
 涼介はエボVの車内で欠伸をしながら言った。京一はふむ、と頷く。
「中禅寺湖の金谷ホテルでも、まあ、その二つは群大医学部のなんやかんやで使ったからもういいんだ」
「研修だったか。文句言ってたな。俺と来たかったと」
「……日光に泊まるのに皇帝がいなくてどうする……」
 夜を駆け抜けるエボVの車内パネルに照らされ、意味深な目くばせで涼介は京一を見る。京一は当時の涼介の文句たらたらのメールを思い出し、笑った。
「寄越したメールが一言二言切れ切れに、暇だ、面白くない、皇帝はどこだ、そばにいて欲しい、誰か酔っぱらった、面倒見るハメだ、どうせなら皇帝にハメられたいだったな」
 京一は肩を揺らしながらエボVのステアリングを操る。
「当然だ……いつも世話役なんて嫌だ。お前とラブラブしながらだったらどんなにかってそればかり思ってたから、あまりいい思い出はない」
「で、日光クラシックホテルか。あそこの系列でもうすぐ二荒山神社に続く道に凄いのができるらしいがえれえ高いらしいぞ」
「そうなのか。まあ、たまにはいいかもな」
「……ブルジョアめ」
 ふふと涼介は笑う。京一と一緒なら例えばそれが侘しい旅館でも、こじんまりしたペンションでも涼介にとっては十分なのだ。が、京一が気を遣うのだろうと思って先回りして京一も納得するようなところを選ぶ、俺はなんていい恋人だろうかと涼介は微笑む。
「思いっきり格安で行ってもいいな。安い旅館とか、ペンションとか」
 涼介は自分の思いやりを京一に提案してみようかと思った。俺はお高い男ではないぞ?お前のためには、と。
「格安か……日光は外国人も多いしな。長期でいる奴らはバックパッカーご用達ゲストハウスだろうな」
 涼介は想定外の話をされて「?」となったが興味が一応は向いたようだ。
「ゲストハウス?それは……」
「世界を回るバックパッカーや長期旅行者は安いところを知ってるし、最近そういった連中目当てのゲストハウスが日光にも何軒かあってな。まあ……個室もあるところはあるが、それなりだ」
 涼介は京一の説明にほう?という顔をしている。
「外国人が多いのか」
「まあ、日本人もいるが」
「泊まってもいいぞ。面白そうだ」
「……」
「どうしたんだ京一」
 京一は、ん〜と考えてるような顔をしている。
「安いんだろう?そういうところは」
「……まあ、場所によるが2500円から5000円くらいか。個室なら1万程度までか」
「詳しいな京一。お前が泊まる事もないだろうに」
 涼介は感心したような驚いたような顔で運転席の京一を見る。
「いや、前にエンペラーのメンバーの一人がそういったゲストハウスを経営したいから古家をどうの、リノベ―ションがどうの、あと海外の旅行者云々で俺にも相談があってな」
 京一の説明に涼介はふうんと鼻を鳴らす。
「そうなのか。なるほど。結局、そのゲストハウスはできたのか?」
「ああ。なんかやってるらしいな。行ったことはないが」
「じゃあ、泊まりに行ってもいいじゃないか」
 涼介は目をきらっとさせて言った。
「う、まあ……な」
 なんだか乗り気じゃなさそうな京一に涼介は眉根を寄せた。
「なんでだ?エンペラーの連中にも俺が皇帝たる須藤京一の連れ添いだと知れ渡っているのに、今更照れるとか」
「……今更照れも何も。それよりもな……」
 涼介の鼻息に京一はいやいやいやと手を振った。
「いいじゃないか。外国人と会話するお前も素敵だろうな。ボディガードにもなるし」
 京一が言いよどむも涼介は食い気味に言葉を発する。
「いや、あのな」
「なんなんだ?京一」
 ごほんと咳払いをすると京一は言った。
「ああいうところはその……できねぇぞ」
「……何が」
「ナニだ」
「………………こっそりでもか」
 エボVの重低音を物ともしない、地を這うような涼介の声に京一はバツが悪そうに言った。
「古い一軒家を改装したところが多いしな。風呂トイレは部屋になく共同。ドミトリーなんざ相部屋の二段ベッドだ。個室も壁が薄いしな」
 涼介の頭にぼやんと浮かぶ湿った桃色の淫らな妄想。外国人がわいわい騒ぐ喧騒を聞きながら、壁の薄い古家をリノベーションしたような狭い申し訳程度の個室(涼介の頭にドミトリーはない)で、逞しい身体が己のしなやかで美しい身体に、雄の欲情も露わにのしかかられ、散々開発された弱い部分をねぶられ愛撫され、もっとして欲しいと切なく感じて。濡れそぼった部分を突き出し、いやらしく開かれ挿し込まれ。京一の熱くて太い砲身をズコズコと体内深くに受け入れながら、悦びに喘ぐ口を大きな手で塞がれ、耳も舐められて。極上の快楽に甘い吐息でもっともっととおねだりする自分。想像するだけで鼻息は荒く甘く、ずくんと疼く京一に暴かれた秘密の花園。それを隠すように赤い顔をした涼介は股を閉じ、腰をずらし身を少し捩った。
「……そうなのか、スリリングな夜もいいかなと思ったが」
 ンフ――……と鼻から息を漏らしながら、涼介は冷静を装った残念そうな言葉を言う。
「ま、普通のホテルや旅館でいいじゃねぇか」
 そんな涼介の様子を見てくすっと笑った京一は、すっと左手を伸ばして涼介の頭を撫でた。


 日光クラシックホテルは東武日光駅ではなく、そこから少し南に下ったJR日光駅の目の前にある。駅の間近というと味気ない景色だと思うかもしれないが、JR日光駅は見事な木造洋風建築2階建てで、夜はライトアップもされていてその美しさには定評がある。そして日中なら日光連山が彼方に見える。
 二人はホテルに到着するとカウンターにて「ダブルを予約していた須藤だが」と涼介のはっきりした声での嬉し恥ずかし新婚気分だ羨ましがれお前らな言葉に、漫画のようにフロアの目を一気に集中、こういった事には慣れたホテルマンであるフロントマンも柳のようにその身を反らせたが、なんとか踏ん張って立ち位置に戻ったという事態を招いた。
「こちらでございます」
 恭しく差し出されたキーカードを受け取り、肉まんならぬ包子を包んだ紙袋他荷物を持って気恥ずかしさに口がへの字になっている京一を従え、涼介はさっそうと絨毯の上を軽やかに歩いた。

「二人で入るのもできるが……部屋の風呂だが」
 天然温泉かけ流しの大浴場に行くか、二人でいちゃいちゃできる部屋の中の風呂にするか涼介は煩悶している。部屋の中で荷物を出して整理している京一が言う。
「……天然温泉かけ流しだぞ……この魅惑的な響き……」
「そりゃ、わかるが……なんなら最初はそっちでまあ……エロいことしたくなったらこっちと臨機応変に行かねぇか?」
「……以前のクリスマスの時、ハイマーでトモ大とスーパー銭湯に行ったのを忘れたか」
「……」
 猛烈に妬いたのだ。涼介の裸体を旧知どころか運命共同体となったトモ大以外の目に晒すことを。スーパー銭湯を止めてハイマーのシャワーでと苦し紛れに言った自分の愚行を。残念がる涼介を可哀想だと思ったのに。そこで智幸がフォローをしてくれた故に、涼介も皆とスーパー銭湯に行くことになった事を。
 京一は涼介のきっとした目に黙った。
「……混み具合を聞いてみるか」
 そそくさとフロントへ電話をかけようとする京一の背中を見て、涼介はあっかんべをした。


「ふ―――――――……」
 ちゃぽんぱちゃんと音が響く。ここは大浴場だ。二人は今なら空いているというフロントの返事に着替えを持って皇帝とカリスマはダッシュ、涼介の悪戯と甘い声に苦戦しながら京一は大急ぎで二人分の体を洗い、湯舟に使って一息ついたところであった。
「……いつ人が来るかわからないのも刺激的、だろ?」
 白い肌を上気させて涼介が微笑む。すぐ横でその逞しい上半身をへりに預ける京一が片眉を上げる。
「いつかみてぇに、その気になってんのに人が来やがったら、バケツでもかぶせて誤魔化すさ」
「くく……洗面器じゃ足りないもんな」
 肩を揺らして涼介が笑う。揺れる水面に楽しそうな涼介の面が映る。
「……懐かしいな」
 京一の言葉に涼介が頷く。
「二人でスーパー銭湯に行ったのは本当に久しぶりの再会の時だったもんな」
「……前夜、突然お前が電話をかけてきた。あれからだな」
「……」
 京一の電話番号を押してはつながる前に切り、それを繰り返していた涼介の秘密の遊び。京一を失ってしまうというような、不安に駆られた末の手遊びだった。それが偶然、携帯電話が手から滑り落ちてしまった。繋がった回線は京一の手元にあった携帯電話を鳴らし、二人は互いのバトルのあと藤原拓海がいろはに行くという涼介がかけた電話連絡以降、久しぶりの声を聞いた。
 少し切なそうな懐かしそうな。涼介の頬が赤らんでいるのは風呂湯のせいだろうか。
「あれがなかったらどうしてたろうな……」
 二人は。
 あの二度目の熾烈なバトルを経て、またお互いを見つめ合った。隔たれていたところから歩み寄り、そっと寄り添うようになった。京一は涼介の背を守るかのようにそのプロジェクトを見守った。
「……俺の部屋で何日か過ごした時にも言ったが、結局はこうなってる筈だ」
「……」
 水面を揺らし涼介が京一の傍へとにじり寄る。京一も身を起こして涼介の肩に手を回した。
「……お前の抜きの俺の人生なんて考えられん」
 京一の言葉は涼介の目を伏せさせた。逞しい京一の肩に涼介の顎が寄せられる。
「俺もだ……今になって思えば……どうやって一人で、お前を思いながら生きていくつもりだったんだろうかと思う」
 それは二人の中にある思いだった。お互いを思いながら、過去を何度も繰り返し思い出し、離れていくその距離を見ないようにしながら互いの道を歩いて行く。今、それが想像もできないならば、今のそれは弱さになったのだろうか。
「……だが、結局こうなってると俺は思っている。そして涼介。お前と言う守るものができた分強くなっていくのだろうと」
「……そうか」
「そうだ」
 ざぱりと音がして寄せられた涼介の顎を太い指が持ち上げた。赤みの増した唇に京一の唇が寄せられた。


「いちゃつきたかったのに」
 ぶつぶつと言いながらもホテルの室内着を着て、湯気をホカホカと立てている涼介を、さっさと部屋へと誘導する。風呂でねっとりと舌を絡めるキスをし、甘い溜息からお互いのお互いをまさぐろうとしていたら、突然がやがやと声が聞こえたのだ。残念そうに身を離すと、世界各国の様々な人種の旅行者が数人の団体で押し寄せたのだ。涼介の裸体を見られることを心配した京一が、涼介を隠すようにして風呂から上がったのは皇帝としてはとんでもない絵面ではあったが。
「まあ、なんとか風呂自体は楽しめたから良かったじゃねぇか」
 エレベーターに乗って涼介の肩を抱き、意味深な笑みで涼介を覗き込む。涼介は尖らせた唇を笑みに変え、潤んだ艶っぽいその目を閉じた。

 食欲と性欲が同化したように散々互いの性器を味わい舐め回ししゃぶって。後孔まで長い指で愛撫されていた涼介が先に頂点を迎えて京一の喉を潤し、なおもイッたばかりのひくつく孔や性器をゆるゆると愛撫されて。腰をわななかせながら、泣きそうな嬌声を上げた涼介の注文どおりに。
 京一は大きな手で剛直を扱き、逞しく筋張る性器を涼介はうっとりと見つめた。迸る甘露を今か今かと待ちわび、口を大きく開ける涼介の喉奥に、腹筋を引き絞って、笑いながら舌に顔に大量の白い迸りをぶちまけた。
 涼介は満足げに微笑み、顔をどろりとしたもので汚されたままハメて欲しいと自ら京一に跨る。疼き、開いて欲しがる後孔に、一度放出してもなおその硬さを失わない熱塊を宛がい飲み込んだ。
「あ!あああっ……素敵だ……!!……でっ、でも本当にこういうとこなら声は聞こえないのか……?」
 浅く深く下からゆるゆると突き上げられ、揺すり上げられ、出入りする熱く硬い物に熟れた蜜孔を擦られて否が応でも声が出る。もっとも恥じらいながらも甘く悦んで。先ほどぶちまけれた京一の精液まみれの顔で時折、舌舐めずりをしては唇にぬめつく白い濁りを味わって陶酔している。
「突いてくれ!もっとその×××で突いて」
と、はしたないおねだりをするいやらしい声が、甘さもあっても発情して切羽詰まってくる。
「まあ……一応、看板張ったところだから大丈夫だろう。あんま叫ぶとアレだけどな」
「ああっ……!」
 ずんずんと濡れ光った肉棒が、白い尻の間の一杯に広げられた熟れた粘膜の中に出入りする。根元までたっぷりと飲み込ませ、大きな張り出したところまで粘膜をひっかく様に引き出し再びスムースに潤滑剤の滑りで飲み込ませる。そのリズミカルな動きをどんどん速めて行った。
「アッ……アッ……!!あはあっ……」
「美味そうに×××を締め付けてよがりやがって……それくらいのカワイイ声じゃ大丈夫だ」
「もう……っ、京一」
 ベッドヘッドに背を預けて胡坐をかく京一の腰に跨って、熱いそれを受け入れる涼介の尻肉を京一の手がしっかりと掴んでいる。
「ああっ……!あっ……!それ!そこ、お……アっ!」
 長いストロークで、たっぷりとジェルで濡れ光った筋張りがリズミカルに打ち込まれる。 京一の首に腕を回して舌を出して淫らなキスをねだる。精液で汚れた顔、雄の匂いに余計に翻弄されてそのまま舌は唾液と精液を混ぜて絡み合う。上と下で粘着質な水音が、軋むベッドの音と荒い呼吸音と共に室内に響く。
「はふ、ア、あはあ、ふ……アアアアッ!」
 これ以上はどうしようもないと言う、追い詰められた切ない顔で涼介は終焉を京一に伝える。
「中が、ビクビクしてやがる……っ、このままイけっ涼介」
 掴んでいた尻から手を離し、混ぜ込むように跳ねて膨れていた性器を掴んで扱く。
「ああああっ……!イク、イク!……あっ……!!!……っ」
 揺すられながらの前への快感で。熟れた肉の壺がぎゅうと京一自身を締め付けてなお、飲みこもうとする。
「く……!」
 京一が浅ましい内壁に抵抗するように突き入れ、涼介の急いて、そして甘く掠れた悦びの声が、二人同時に熱い精液を噴き出すと共に室内に響いた。


 バンダナを巻き、いつもの革ブルゾンスタイルでホテルの部屋のドア開ける。涼介は身を屈めて靴を何かしていた。
「ちょい、ま」
 涼介の声がくぐもって聞こえたかと思うと京一は、
「慌てなくていいぞ涼介」
と、言った。
 ドアが閉まらないように支えていると、隣の部屋に宿泊したであろう見慣れない杖をついた日本人が出てきた。京一はすっと視線をやり騒がしくてすまないという意を込めた挨拶をし、次いで出てきた涼介が隣人に気づいて、万人が見惚れて言葉を失うであろう爽やかな麗人笑顔を向けた。ホテルの部屋を出て二人はまずは中禅寺湖の方へ行こうということにした。ホテルを出発し、派手な音をさせたエボVは二人を乗せてロマンチック街道を走り、第二いろは坂を上る。観光だろう一般車もまばらで案外スムースに登っていく。
「慣れたものだな」
 気分が良さげな涼介は涼しい顔をして、運転席で鮮やかにステアリングを操作する京一に言う。
「何百回、何千回か?多すぎてさっぱりわからねえくらい登ってるかな」
「地元のベテランのバス運転手のが多いか?同じくらいか?お前もバスを運転していろはに登っても上手いんじゃないか」
「バカ言え、あれはあれで凄いテクニックなんだぞ」
「お前の運転手さん姿も見てみたいぞ京一!」
 涼介の軽口に京一は笑った。


 軽快にいくつもあるコーナーを回る。木々はまだ冬枯れのままだ。雪は日陰にまだ残り、暗い斜面の土に僅かに見える。
「まだ雪があるな京一」
「そうだな、だがもうそろそろ全部溶けるだろう」
 木々が覆う第二いろは坂を登る、京一の言葉と同時に右から左へとコーナーを回って、少し開けた景色の向こうにそれが見えた。
「……」
「……ああ……重機があるな」
「……」
 それは懐かしい景色であったのに。
 大きい左コーナーに向かって進み、コーナーを回る前にいつも見えていたものがなくなっていた。
「寄るか?」
 京一の声に涼介は静かに言った。
「クルーズの時間があるから、それに乗ってからゆっくり寄ろう」
「わかった」
 何度目かのコーナーをくぐると突然現れる駐車場を横目に通り過ぎる。轟音が響くトンネルに入るとそのまま中禅寺湖に向かった。


「期待してたんだぞ……鎖骨が綺麗に見えるサマーセーターまで勇気を出して着たのに」
 荘厳なる男体山を背景に。
 二荒山神社の朱色の鳥居がそびえ立つのが見える。京一と涼介は中禅寺湖湖畔にエボVを停め、数年前のあの時のように砂地に立っていた。風に髪を靡かせ、涼介は煌めく水面を背景に眩しそうに京一に言った。
「そりゃあな、押し倒したいくらいの相手に負けた後でそんな事言えるか?」
「……待ってたのに」
 口を尖らせながら。気まずい顔をして佇む屈強な男に涼介は甘えたような声を出す。
「……すまん。そうだな。今更ながらだが……お前が本気で好きだ。俺と付き合え涼介と言いたかったのが本心だ」
「……えっ」
「俺は昔からお前にその気だ。お前もそうだったろう?」
「……突然、こんな場でそんなっ……」
 たじろいだ涼介は顔を赤くして少し身体を捩った。
「それとも、毎度毎度ベッドの中で俺と付き合ってくれと頼もうか?」
 苦笑いする京一の男臭さに涼介は更に体をくねらせ、「それもいいかも」と甘い溜息をつく。背後からズチュズチュと貫かれて、上にのしかかられて突き込まれて。耳を舐るように、乳首を舐められながら。指や唇、舌であらゆるいやらしいところを愛撫されながら。熱い息で「俺と付き合え。お前の身体はもうこんなにとろっとろに……ああ……いやらしい汁を垂らして悪い子だ」なんて囁かれて断れる事はできないだろうし、そんなつもりはないだろうけど。
「……ふん……」
 鼻息も甘く妄想して涼介は顔を赤くしている。
「ほら……お前転びそうだぞ」
 京一がすっと涼介に近寄り、身を捩り過ぎて斜めになっている涼介のその腰を支える。
 その大きな手と力強さに涼介は昨夜の熱くも甘い、舐めてしゃぶって、出して飲んで。入れて出してハメて突いてのThat's making love Last night.の攻防を思い出す。
「……真昼間から……」
「ん?」
 逞しい腕に抱きとめられた涼介は、その人差し指で京一の革ブルゾンの胸辺りを「……バカ」と言いながらくりくりと押す。そしてそのとろんとした顔を見て京一が片眉を上げる。涼介はほうっと溜息をつくと顔を上げた。
「思い出のこの場所で。俺達はやっとお互いの気持ちを告白することができたんだな」
「……」
 潤んだ目で涼介は言ったと思うとその瞼をすっと閉じた。
 古典的少女漫画的なキス待ち顔である。
「……ああ。幸せにする涼介」
 あの怜悧な美貌を持つ峠のカリスマが無心に目を閉じてキスを待つ。その様に愛しさと可愛らしさで目を細めると、京一は涼介の唇にちゅっと誓いのキスを送りその細い身体を抱き締めた。



 二人は意気揚々と「俺達の船出だ!」と中禅寺湖クルーズ船に乗り込んだ。外国人が思ったより多く、船内はいろんな国の言葉が飛び交っていた。
 どこまでも青い空が広がり、白い雲が千切れ飛び浮かんでいる。クルーズ船はエンジン音を響かせて歌ヶ浜を離れ、深い翠の水を煌めかせる中禅寺湖を行く。
「あれはベルギー大使館か。フランスはあそこっぽいな。英国とイタリアは後ろの方か」
 パンフレットを見ながら、窓から見える景色に涼介は声をあげる。
「ああ、こんな別荘でボート遊びとか優雅なもんだぜ」
「俺もここに別荘が欲し…あ、京一男体山だ!」
 さらりとブルジョアな事を言われたが、男体山に救われ京一は胸を撫でおろした。同時に観光客の中からも見事な男体山の雄姿にどよめきが起こる。
「どれ、おお…良く見えるな。天気もいいし」
 船が進みゆく右側にそびえ立つ男体山が見える。男体山は少し長方形よりでこちらから見えるのは短辺にあたる側面が見えるのだ。
「クルーズ船は乗りたくても何故か乗らなかったんだ。初めて乗ってこの天気は恵まれている。さっきまでは曇って風もあったのにやはり日光の神様に祝福してもらってるぞ。しかし天気が良くてもここからじゃ見えづらいか」
「神剣か?角度が――――」
「山の頂点にあるらしいんだ」
 外国人や旅行者がわいわいと騒ぐ中、椅子に座ってパンフレットと景色を指差し涼介は京一に話している。開いたパンフレットには男体山に新たに供えられた神剣の記事と写真が載っていた。
「あれは男体山の本宮の奥の一番高いところだが……こっからじゃ角度が悪くて見えねぇな」
 窓に顔を近づけて京一は眩しそうに男体山の頂上を眺めている。
「京一、お前のところの家は檀家なんだろう?」
 涼介は以前に京一が話していた事を持ち出した。
「ああ。家自体は古い一族だからな。何度かガキの頃とかに登ったぜ」
「へえ……」
 涼介は興味深げに波間を進む船の窓から男体山を眺める。
「見たいな俺も。神剣が山の頂上にあるなんてなんてロマンなんだろう」
 憧れのものを見るようなキラキラした目で涼介は呟いた。しかし、「男体山、神剣」と口にしているうちに昨夜の隆々とした京一の男体を思い出し、逞しくそびえ立つ剣……と想像をしてしまいそうになってそこで「ああっ……不謹慎な俺……っ!」と自戒すると妄想を振り払うために下を向いて唇を噛んだ。
「確かロープウェイに乗って展望台に行けば、そこからは見えたとか見えないとか聞いたが」
 京一の言葉に涼介はぱっと我に返り、現実世界に戻って京一に顔を向けた。
「行ってみよう、ロープウェイはそのままだから展望台に上がれる」
「まあ……その前に昼飯もな」
 京一はあっと言う顔をした涼介に微笑んだ。



 その店はそこまで高い、高級と言う感じではない。海外からの観光客、日本のおじさんおばさん客も多いが湯葉が美味しいと評判だった。
「確かに美味い!この出汁がまた京風でいい味だ」
 感心した涼介がわいわいと観光客のいる中、湯葉定食を前に京一に微笑む。
「気に入ったか。そりゃ良かった。ここは美味いんだがちょっと人が多いのがな」
「いやいや、こういった味付けは大好きだ」
 涼介はからっと揚がった湯葉の素揚げをはふはふと口にし、軽快な音を立てる。
「だろうと思った。お前は京都の味付けが好きだからな。日光はやんごとなき方々がおいでになるからこういう味付けが多いんだ」
 京一も満足そうに吸い物椀を口にし、語った。
「このちょっとした煮物も味付けがくどくなくて美味しい」
 涼介は煮しめたしいたけを口にした。ついでご飯を食し、咀嚼していると京一がじっと涼介を見つめている。
「ん?なんだ?」
 京一は少しおかしそうに笑いを堪えている。そして温かい目で「仕方ねぇ奴だ」と言うと、すっと親指を涼介の唇の横に伸ばした。
「こいつは美味そうだ」
 京一の指先に白いご飯粒がついている。それを自然に口に運んだ京一を涼介はぼうっとした顔で見ていた。
「……なんか気障だぞ」
 僅かに顔を赤くして涼介が京一に言った。
「そうか?うん、中々美味い。メシをつけてた本人は昨日の夜も美味かったがな」
「……京一昼だ」
「……だな」
 なんだか甘い、ほんわり桃色空気がふわふわと二人を包んでいるような気がする。周囲の賑やかな観光客達の中で、そこは別世界のように浮いて目ざとい人の目を引いていた。


「美味かった、また来る」
「はい、ありがとうございます!」
 店員の明るい声に見送られて、二人はガラスの自動ドアをくぐり駐車場へ向かっていった。その自動ドアが閉まるくらいに歩く二人の距離が縮まった。涼介の腕がポケットに手を突っ込んでいる京一の腕に絡まったのだ。
「……人目があるのにあんな風に」
「ふ、エロく感じたか?舐めて取ってやっても良かったが」
「バカ」
 甘えるように涼介は京一の肩に頭を寄せたと思うと、其々が車に乗り込むために離れた。


 中禅寺湖から再び、登りの時に通り過ぎた明智平へと向かう。明智平第二トンネルをくぐればすぐだ。しかしながら中禅寺湖からの通行は2019年秋から渋滞緩和のために一方通行にされ、そちらから明智平へは第一いろは坂を下って再び第二いろは坂を登らないと行けないと言う事になるらしい。
「……」
 二人は駐車場にエボVを停めて、その場所を見つめていた。
「……ロープウェイに行こうか」
京一の言葉に静かにその場を見ていた涼介はふいっと顔をそこへ向ける。
「ああ……ロープウェイはそのままだな。男体山を説明する板も」
「……そりゃな。さ、行くぞ」
 京一に促され涼介は嬉しそうにロープウェイに向かって歩き出した。



「ほら、足元に気をつけろ」
「扉閉めま~す!」
 京一の気遣いの声のあと、係員が軽快な声を出す。そして大きな音を立てて扉が閉まると反動でゴンドラがグランと揺れた。ゴンドラ内はまあまあな観光客で埋まっていた。ゴンドラがごうんごうんと動き出し、その振動と繰り広げられる景色に感嘆の声を上げる観光客の中で静かに二人は窓辺に佇む。
 景色を見ようときょろきょろと頭や体勢を変える観光客の中で二人だけがゴンドラあった元の場所、乗り場の方へと視線を向けている。そっとガラス窓に手を伸ばして涼介は懐かしいものを見るような目をしていた。
「前はお前の頭頂部を見るような景色だったんだろ」
「パノラマレストハウスを俺の頭に例えるな」
「ふふふ……」
 観光客が楽しそうに会話を交わす中、小さな笑い声は二人だけに聞こえた。


「OH!Great!」
「It's amazing!」
「□*☆▽×!!」
 ロープウェイの降り場から少しの階段を昇り、展望台に到着した観光客はその眼前に広がる絶景に感嘆の声を上げた。まず最初に勇壮な男体山が見え左を見れば眼下には華厳の滝や中禅寺湖、二荒山神社前を通る街並み、そして遥か遠くに日光白根山系が見え、まだまだ白く輝く雪をその頂きに纏っていた。
「ほうさすがに綺麗だな……」
 涼介は広がる景色を嬉しそうに見ている。京一は涼介の傍で腕を組んで頷いていた。そして、涼介が京一の腕にそっとその手を添えた。京一が「ん?」と見ると軽く目くばせした涼介は観光客達が騒ぎ、写真を撮ったりしている中禅寺湖が広がる景色とは逆の方へと歩き出した。
「凄い崖だな京一。第一いろはを下ったあたりで目にするところだ」
「屏風岩だ。あそこから風神雷神が出入りして大暴れするらしい」
 京一が見事に切り立った崖を指差す。そこには一画に裂け目が深いところがあった。
「ほう……異様だな。あの世とこの世の境目、出入り口のようだ」
「そういう言い伝えもある。龍が出入りしてるとか」
「確かにいろは坂は龍のようだな。龍の皇帝か……」
 意味深に涼介が微笑み、京一は肩を竦める。
 そして二人は歩を少し右に向けた。
「……」
 昇ってきたロープウェイの乗り口が見える。その横には重機が置かれ、そこだけがアスファルトもない荒地となっていた。そこ場所には資材が積まれた区画があった。
「……さっぱり何もねぇな」
「……そうだな」
 風がそよそよと二人を撫でる。涼介は艶めいた黒髪を靡かせ京一は白いバンダナの結んだ先をそよめかせていた。すると観光客たちがこっちにも何かあるのかとどやどやと寄って来た。勢いに二人は苦笑し、そっとその場を離れる。
「そうだ、男体山の神剣を見よう。ここからなら」
 涼介が京一の腕を引っ張る。京一も片眉を上げて男体山を見上げる。
「流石に遠いか……望遠鏡が置いてあるからあれなら見えるかもしれん」
 中禅寺湖と華厳の滝方面に100円を入れて3分間、望遠鏡で景色を見ることができるそれを指差す。3台あるそこには外国人の家族と中年の日本人、そしてもう一台は誰も使ってなかった。しかし、二台目の望遠鏡を覗いている日本人が少し奇妙であった。
「?」
 二人して顔を見合わせ、そして望遠鏡の方へ近づく。日本人は望遠鏡の接眼部にデジタルカメラのレンズを合わせている。そして中禅寺湖の方ではなく――――――その為に備えられたであろう望遠鏡を100度近く回して、そして仰角をかなり上方向にするために屈んで不自由そうな姿勢を取っていた。そして、初めて見るようなものだが三本のスティックで自立する椅子のようなものに座っていた。
「……確かあれは椅子にもなる杖だったか……そう言えばホテルの隣の部屋の……ゴンドラにもいた人か」
 京一は思い出したかのように言った。涼介はその日本人のやりたい事が中々難しいらしく、ぐらぐらとしているのを見てそちらへと速足に近づいた。案の定、日本人はぐらりとバランスを崩して声を上げた。
「わわわわ」
 そして、ぐらついて転びかけた日本人を寸での差で涼介と京一が支えた。
「わっ……あ、すいません!ありがとうございます!」
「大丈夫ですか?」
 涼介は持ち前の爽やかさで日本人に話しかける。京一はバランスを取り、支えていた日本人からそっと手を離した。
「すいません!ありがとうございます!……あ、ホテルの部屋の……」
 日本人がおずおずと言うと二人は一瞬顔を見合わせたが、合点が言ったというように頷いた。
「隣の部屋の方でしたね」
 京一は低くも穏やかな声で言った。
「そうですね!偶然ですね……よろしくお願いいたします」
 日本人は椅子から立ち上がろうとしたので二人はそれをやんわりと止めて言った。
「いえいえ、こちらこそ」
「男体山を撮影されてるんですか?」
 涼介は日本人の手にあったデジカメを指差して言った。
「あ、そうなんです。男体山の神剣が好きで、天気が良ければここから見えるので」
 神剣の傍に行ってその姿を見るには、男体山を登ってかなり大変な登山をしなければならない。この日本人が、杖にもなる椅子を持っている事で二人にはこの場所で神剣を撮影しようとしている意味がわかった。
「ああ、あの神剣ですか。僕も好きです。ここから見えるんですね?やっぱりそうじゃないか京一」
 そんな事情を察した風を感じさせず、涼介は京一に言った。
「それは俺も知らなかった。まあ、てっぺんは雲を被ってることが多いからな」
「お前のバンダナみたいにな。しかし今日は日よりもいい」
 涼介のジョークに京一は仕方ないなと口をへの字にした。
 しかし冬場は殆ど雪が覆い、雲がその頂上部をを覆い隠す日々ばかりなのに本日は好天である。
「今は雲が切れてますね、望遠鏡をレンズにして撮影とは考えましたね。僕たちが手伝うのでどうぞ撮影してください」
 涼介はえええと言いながら遠慮する日本人に、にこやかに笑う。
「ほら京一」
「ああ、支えよう。涼介、お前は大体の方角を見てくれ」
「わかった」
「そ、そんな、すいません」
 日本人は慌てて望遠鏡の接眼レンズに小さなデジタルカメラをつけて撮影をすると言う事に挑戦する。
「もう少し右か。京一」
「神剣は男体山の最高位置にある。え〜っとこのあたりだな。仰角はこんなもんか」
 背の高い二人も妙に腰を屈めて指示をしてくれている。その間にどうやら再び上がってきたゴンドラから観光客が降りてきて展望台に上り、周囲が賑やかになった。
「あ、見えました!撮ります!!」
 日本人も腰を屈めて二人が支えてくれる望遠鏡から、カメラが外れないようにして画面を覗きこむ。男体山の一番高いところが神剣のある場所だ。その左には一見すると神剣と間違ってしまうような鳥居がある。慎重に山頂を眺めて神剣が建立されているだろう場所をカシャカシャと何枚も撮影する。
「撮れたと思います!」
 感動した日本人がデジカメの再生ボタンを押す。涼介と京一はそうかそうかと笑みを向けた。
「ああ!神剣が!ばっちり映ってます、ご覧になってください!」
 差し出されたデジカメの画面には、真っ青な空を背景に神剣が見事に光り輝いている。二人はどれどれと顔を寄せ合い画面を見、撮影されている神剣に驚嘆した。
「素晴らしい!これは見事だ!なんと綺麗な……良かったですね!」
「おお光ってるな、こんな風にこの場所から撮れるなんてな。しかもあんな方法もあるんだな」
 日本人が京一と涼介に「手伝って頂いて大変助かりました!」と何度もお礼を言っている。礼を言われている二人もニコニコと笑い、撮影された神剣の神秘的な輝きを見られて嬉しそうだった。
 その様子を見ていた外国人観光客が、後ろから何があるんだ?というように声をかけ寄って来た。いわゆる名所で、見ごたえのある中禅寺湖や華厳の滝ではなく、男体山山頂を撮影してわいわいやっているのだから、何があるのか気になったのだろう。
 すると涼介は流ちょうな英語で説明をしだし、日本人が差し出しているデジカメの画面を指さして男体山へとまた指先を向けた。
 外国人観光客達は神の力を持つ巨大な日本刀が飾られている!と理解し大変驚き、スマートフォンやカメラで撮影をし、望遠鏡を手にして男体山を眺めて神剣を発見しては驚嘆していた。
 
  観光客で賑わうゴンドラに乗って再びロープウェイを下る。京一と涼介は先ほどの日本人と共にゴンドラに乗り込んだ。その日本人が持っている杖は歩く時には杖、そして椅子にもなる。それに感心した涼介はいろいろ質問をした。その日本人も照れながら足があまり良くないこと、そして今回の旅の目的などを聞いた。その内容は親族の故郷を訪れる追悼の旅だという。涼介は立ち入った事を聞いたと思い謝罪をしたが、日本人はいやいやと気にしないでくださいと言い逆に京一と涼介の今回の目的を聞いた。
「思い出を辿りに来たんです」
 黒髪を揺らして涼介は涼やかに言った。
 感慨深くというか、まるで懐かしい故郷を思うような目で話した涼介におずおずと日本人は聞いた。
「思い出ですか。どういったもので……」
 涼介はふっと笑みを浮かべ、けっこうな人数が乗るゴンドラ内で涼介と話す日本人を守るように立っている京一に視線を向け言った。
「……若い頃、この男とここで色々あったんです」
「……色々ですか……」
 悪戯めいた目で涼介は京一を見る。京一は片眉を仕方ないなというふうに上げた。
 そんな二人を日本人はきょろきょろと交互に見ている。涼介は訳が分からないと言ったふうなその人に言った。
「昔はここも騒がしいところだったんですよ」
「……四輪で峠を攻める走り屋とかいう人達がここにいたとか聞きましたが」
 青年の騒がしいと言った言葉にそう言えばというように日本人は言った。
「走り屋……そうですね。昔はたくさんいましたね」
 涼介はその言葉に意味深に京一をちらっと見た。
「ここは何でしたか”皇帝”とか”帝王”と言われた伝説の走り屋と、”流星”でしたか”彗星”でしたかそういった異名を持つ人とがいろは坂で対戦したらしいとか」
 思わぬ言葉が出て涼介と京一は一瞬目を見張ったがそれは全く気取られないくらいのものだった。
「……そういったこともあったでしょうね」
 涼介は笑いが今にも出そうなのを微笑みに程度に押し殺している。そして、あっという顔をすると窓から眼下に広がる景色に顔を向けた。そこは昇った時と展望台で見た時と変わらず、明智平パノラマレストハウス跡地がぽつんとある光景だった。
 涼介は小さく溜息をつくとその光景を眺め続けた。そんな涼介につられるように日本人も京一も静かにゴンドラが降りるままにいた。
 京一と涼介は杖をついた日本人を手助けするように誘導し、駐車場に出た。
 視界が開けると、晴れた明智平には爽やかな風が吹いていた。
「ありがとうございました」
 日本人が深々とお辞儀をし、京一と涼介は「良き旅を」と笑顔で手を振った。

 観光客は明智平駐車場に次々と来ては記念写真を撮ったり、景色を堪能したりロープウェイに乗ろうとそちらへと歩き出したりしている。かつてなら、明智平パノラマレストハウスに寄り、食事を楽しんだり土産物を見ては買い物をしたりそれなりに賑わっていたのだ。
 今ではその場には荒れた地面と重機、そして資材が積んであるだけだった。
 二人は観光客が一瞥もせずに通り過ぎる、その場へと連れ立ってゆっくりと歩き出す。
 ロープが張られたそこは立ち入り禁止で、二人は見えないガラスでもあるかのようにその前に立った。
 風が明智平を吹き抜け、二人を撫でていく。隣り合う二人は更に寄り添い、京一が僅かに顔を下に向け、手を顔にやった涼介の肩にそっと左手を置いた。
「象徴だった……ここに来ればお前に会えると」
「……」
「黒いエボVが、お前が。ここにいるんだと」
「……」
 思いが募って。縋るようにここに来て、訝しむ京一にバトルを申し出て。
「……ずっと好きだった」
 一つになって燃え落ちてしまいそうなバトルを繰り広げた。
「……そりゃな。物ってもんは変わっていくがな。人間もそうだろう」
「……」
「……俺達も変わった。胸にあった思いをようやく言えるようになって俺はお前を腕にし、お前は俺を永遠に手に入れた」
 涼介は睫毛から僅かにを煌めきを散らし、京一へ顔を向けた。
「……永遠か?」
 そんな約束を。
 大人である自分達がまるで夢見るような若い恋人達のように言う。
「ああ……俺はそう決めている」
 京一は涼介へ殊更優しい目を向ける。
「……」
「お前もそうだろう?」
 答えはわかっている。自分たちはいつまでも。初めて会った時のまま、互いに目を逸らせないくらいに惹かれ合った時のままなのだ。それから数年を過ごし、身を重ねるようになってもいつまでも触れると更に思いが深まっていく。
 相手を強く思えば思うほどに、出てきた強気な言葉にも甘い音が自然に乗る。
「自信家め……」
 背後では無関心な観光客が通り過ぎる。その場所に最初から何もなかったかのように。
 だが、ここには二人には忘れえぬ思い出があったのだ。
「……俺もだ京一」
 初めて。
 互いの全てをかけてバトルをしたこの場所で。
「永遠に。お前を貰う―――――皇帝の玉座で誓う」
 肩を抱いていたいろはの皇帝がそっとその身を引き寄せ、艶やかな髪を揺らして潤んで見つめる彗星にキスをした。

 軍人のような筋骨逞しい男性と、細身で綺麗な男性とのキスシーンを目撃してしまってぎょっとした幾人かの観光客を尻目に二人は手を繋いで駐車場へと歩んで行った。
「さて。次は低公害バスに乗りに赤池まで行こうか」
「赤池とはあれか、戦場ヶ原で日光の神と戦った際の赤城の神の血が溜まったんだってな」
 二人はエボVに乗り込み、楽しそうに会話をする。
「お前の血を俺が後生大事に抱いていたのさ」
「……古来の戦では俺が負けたと言いたいのか京一。言っておくが群馬ではその伝説は〜」
 イグニッションキーを回しシートベルトを付け、エボVのエンジンが唸りを上げる。
 その重厚な音に観光客はいっせいに振り向き、車に詳しいものはランエボだと感嘆し羨望の目を向けて駐車場を勇壮に走る黒の車を見送る。
「That's emperor's car!」
 一人の観光客がその車を指差し叫んだ。
 その車のリアウィンドウには、

―――――――Emperor――――――――と書かれたステッカーが貼ってあったのだった。


                         終 2020/3/7


                     

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