俺はアイツにまだ甘い | ナノ
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俺はアイツにまだ甘い



「……もうちっと、強く握れって……延彦…」
 夜の正丸峠は結構な穴場だった。車をただでも人気の無い場所に停めれば、目立つ事無く行為に浸れる。
「……んッ……顎が疲れる、渉、う」
 暗い広場に隠れる様に停められた2台の車。86レビンは無人、アルテッツァの後部座席に二人。 しかし外から見えているのは一人の頭部だけだった。
「……だから、手ぇ使えって、な……?」
 延彦と呼ばれた青年は86レビンの持ち主の腰部に顔を埋め、しきりに頭と手を上下させている。
「……いいから、早く出せよ……渉」
 渉の張りつめた性器に苦しげに舌を閃かせて、延彦は恨みがましく見上げた。 うっすらと汗をかいて、息を嬉しげに荒くする渉はこれが好きだ。
「……ア……たまんねーな。お前のその顔大好き……」
 ぬめる水音、二人の男のジットリとした欲情の匂いが立ち込める。
「……んッ…はぁッ渉早く!」
 口を大きく開けた延彦は耐えきれずに訴える。
「……くッ……ノブ、あー、出るわ。出る……っ」
 渉が一瞬歯を食い縛ったと同時に飛沫が延彦の喉奥に消えるのを、細めた眼で笑いながら見る。
「……あぁ…ちゃんと飲めよ……」
 ハアハアと息を切らして、白濁を舌に纏いつかせながら渉の性器からまだ舐めとろうとする延彦の髪を撫でる。
「……ヤバいつーの、エロ過ぎんじゃね?ノブ…」
 ニヤニヤしながら、延彦の恥態に煽られっぱなしの渉は、延彦の顎を持ち上げ、上気した頬や唇に性器を擦りつけた。
「……ウ……」
 口を開けて舌を伸ばそうとする延彦に質問する渉にも、発情の色は消えない。
「……最近、凄いぜ。ノブ」
 チラリと渉を睨んだ延彦は、
「煩いな、渉。お前がしろしろ煩いんだろ?」
と、汚れた口を手の甲で乱暴に拭いて毒づく。
「なーに怒ってんだよ?なあ…イかせてやるからケツ出せって?な?」 
 延彦の唾液でぬめつく性器を節くれた指でしごく。 粘着質な音が響く中、呆れた様に延彦は渉を見つめると思いきった動作で自身のベルトを外し出した。
「……デリカシーの欠片も無い…、淫獣馬鹿…」
「ん?何ぶつくさ言ってんだよ。…なあ」
 日に晒される事の無い白い臀部を渉の眼前に、延彦は開き直った感で言葉をぶつける。
「痛くすんなよ!」
「……はいはい、優しくするって」
 にやけが止まらない渉は指2本をその肉厚な唇に差し入れ、欲情から普段より量の増した唾液を舌で絡ませる。掬い上げる様に引き抜く指の間を光る糸が繋げる。背を向けて羞恥を面に乗せたままの延彦の奥に、渉はぬめつく指を向かわせた。
 

 嵐の様な性交が過ぎ去り、渉は先ほどまで剥き出しの情欲に耽っていた車内から抜け出し、煙草を燻らせる。暗闇に包まれる深い山の奥、光るタバコの火が残像を描き行ったり来たりする。
「……怒んなよ…悪かったって」
 渉は開け放たれたアルテッツアの後部ドアに向かってしきりに話かけている。
「……だから、優しくしろって言っただろ?ヤリスギなんだよ!性欲魔人!」
 腰を抱えて涙眼で延彦は抗議する。さっきまでの渉の激しい突き上げに悲鳴を上げて止めろと訴えても、理性のブチ切れた渉は抑制する術を知らず、且つ延彦自身も打ち込まれる痺れる様な快楽に夢中になったから余計に気まずく気恥ずかしい。それに加えてダルさと鈍い痛みが情けなく、ムカつきが治まらない。
「……まあ……ノブもしっかり2回はイッたじゃん……エロかったぜ〜」
「……っ!」
 カッと延彦に羞恥が走り、わななく唇は色を無くす。
「最近はお前拒否らないし…、積極的だから…」
 のほほんと言い募る渉に延彦はいきなり怒鳴った。
「ざけんなっ!お前みたいな性欲馬鹿、放っといたらトンでもねー事するからだろっ?」
 たしなめられたり、注意される事は日々この延彦から示される渉にも、今の延彦の剣幕に暫し唖然とする。
「……どうしたんだよ?ノブ?」
  睨みつける延彦に及び腰である。
「……えっと…お前もフェラして欲しかったとか?」
 瞬間、アルテッツアの後部ドアは大きな音を立てて閉まった。同時にロックをかける音が空しく響く。
「……人の気も知らずに……何がフェラだ!」
 閉め出された渉は慌てて窓に取りすがり、まだ何か叫んでいる。
「いや、俺だけ気持ち良かったかな?そんな事無いと思うけど、そうなんだよな?俺だけ飲んでないし!悪かったって!今度は俺が飲むって!何なら今から……」
 溜め息、狼狽、諦感、失望…………その後延彦に訪れた、呆れた笑い。
「……ノブ〜!」
 チラリと見ると情けない声の割りに自信に満ちて笑っている。 コイツは何時もこうなんだ……何なんだこの根拠の無い自信は……と、心で毒づき 溜め息とともに、ドアを開ける。   
 笑う歯は夜目にも白い渉は、何時もこうやって延彦の心にするりと入り込む。 車外に出た二人は闇の中で気怠い雰囲気を漂わせながらも、延彦の強い視線が情交後の甘さを引き締めていた。
「……えっと、さっきのが怒ってる原因で無いってんなら?」
「…………」
 延彦の眼は冷たい。
「……思い当たる事は無いと?」
「いや!いやぁ〜、えっとー……」
 思い当たる節がありありな渉はしどろもどろである。
「……お前が興味があれば曇より軽い腰で突進するのはわかっている」
 あーっと天を仰ぎ、長い前髪を掻き上げる。
「…………寄りに寄って」
「ノブ?何もしてねぇって!な!キスだけだって!」
「…………」
「そりゃあ〜、ヤレたらなあ〜ってちょっとだけ思ったけどさあ〜」
 握る拳は震える。
「……高橋涼介と!」
 振り上がった拳は渉の頭にクリーンヒットした。
「してねぇって!してねぇっ!ノブ?」
 涙目で頭を抑えながら、渉は延彦から逃げ腰になる。
「高橋啓介はストーカーの挙げ句ヤッたろうがっ!」
「おまっ!ストーカーって!」
「断ってんのに待ち伏せして絡むのはストーカーだろうがっ!!」
 うへぇ〜と頭を垂れる色浅黒い精悍で長身な男は、体格的には目の前の色白で細身の従兄弟にやり込められていて、はっきり言って情けない。 しかし、これが彼等の日常ではあるが今回は事態が深刻だった。
「………しかも、高橋涼介は、須藤京一とだってっ!?」
 うんうんと頷く諸悪の根源
「……らしいぜ、あれマジだぜ。須藤」
 延彦の声は地を這った。
「………そのマジな須藤の恋人にキスしたってわかってんのか?」
 ニヘへと笑う獣の様な男
「あの!栃木の泣く子も黙るエンペラーのリーダーの!須藤の恋人にっ!!」
 次に延彦の声は激昂のあまり裏返った。
「いやあ〜、お兄ちゃん気付いて無いって!大丈夫!」
「渉……お前、ちょっと高橋涼介に会いに行こうかとか思ったろ?」
 笑って誤魔化していた渉の顔がフリーズする。
「……まさかっ!俺があれだけ抜いてんのに会いに行ったのかっ!」
 じりじり後退していく渉は秘かに退路――86レビンに逃げ込む算段を頭で練る。
「……86の鍵はここだ。馬鹿」
 チャリっと延彦はポケットから鍵を出して目の前に掲げた。 笑顔が凍りついた渉に延彦は詰め寄る。
「……会いに行ってどうした?」
「……えぇっと、お喋りしました」
「またキスしたとかっ!押し倒したとかっ!やってねーだろうなっ!!」
 逞しい狩猟型の大型犬が、中型の躾の良い飼い犬に吠えられてうなだれている様である。
「……してません、はい」
「…………まったく、本当だろうなっ!」
「……はい」
 何時も強気で底抜け兄貴体質が、珍しくしんみりした様子に延彦は批判の手綱が弛みそうになるのを戒める。
「………攻めてくるぞ」
 突然の延彦の台詞に渉は、えっと顔を上げる。
「エンペラーにレッドサンズ!栃木と群馬が埼玉に攻めてきてもおかしく無いだろうがっ!」
 えええ〜っと驚く渉の顔はムンクの叫びと酷似していると、延彦は激昂しながらも頭の片隅で思った。
「……そういや、86トレノにも頻繁に会いに行ってたろ。あれはやってねーみたいだけど、どんだけ節操無いんだよ?」
 頭掻き掻き、鼻の頭掻き掻き、渉は口を尖らし居直る。
「……いやぁ〜、アイツ、天然過ぎてさあ……何か手を出しにくくてさあ、まあカワイイかなーって思うんだけどなあ」
「そんな事を問題にしていない、問題はお前の節操の無い下半身だ」
 あ〜っと頭を垂れる。
「……はい」
「俺は知らねーからな。エンペラーにでも、レッドサンズにでも秋名スピード何とかにでも好きにされろっ!馬鹿!」
 にへらと渉の顔が歪む。
「スピードスターズだって、ノブ」
「うるさいっ!ちょっと記憶が曖昧だったんだっ!」
 膨れっつらの延彦に渉は闇の中でもはっきりとわかる―――眼の奥のギラツキを向けた。
「……獲物なんだよな」
 ゾク―――渉の体躯から立ち上がる獣の気に、延彦は一瞬にして当てられた。
「……高橋のお兄ちゃんを獲物とは思ってねーけどな、あれ?思ってるかなー」
 立ち上る雄の気配――それは渉が標的を定め、獲物を追う悦びを得る時に現される。 渉のこういう姿は延彦には馴染みがある――セックスの時に見せるから。
「須藤ってさ、パワーありそうだしテク凄そうじゃん……あの須藤とさ、ヤってんならどんな事されてんのかなーってさ……」
 唇を引き結んで、延彦は渉の言葉を聞く。
――マジかよ、渉――――――
「……あの赤城の白い彗星なんてプライド高そうな綺麗な人がさ、どんな顔してどんな声上げんのかなーってさ」
「……俺もヤってみてぇって思ったぜ」
 フッと視線を反らして渉は笑った。
「何てなーっ!ノブ心配しすぎだって!」
 冷や汗が延彦の背中を伝う。渉が高橋涼介に会った、それだけでなくキスをしたと聞いた。渉の性格を骨身に染みる程知っている延彦は、ガチムチ以外、好みであれば男女構わず暴走する渉の性に対しても拒否する事無く受け入れてきた。それはバトルでも同じである。興味があれば相手の事も構わずバトルをしようと挑戦状をたたきつけに行く、それで少なからずどころかの問題が起きる、その阻止に尽力していたつもりだった―――が、今はとてつもない徒労感に襲われている。
――無駄骨じゃないか―――――
 深い溜め息を吐き出して、額を押さえる。
「ええーーっ!ノブ、何かイヤらしい想像してんじゃねーの?バトルの事言ってんだぜーっ!」
 瞬間うつむいていた延彦は真っ赤にした顔をあげて、渉に向き直るとポケットの中のモノを遠くに投げた。
 ぎゃああああっと悲鳴が上がる方向を一瞥し、据わった眼でアルテッツアに向かう。エンジンをかけて暗闇の中、頭を抱えて鍵があああっと喚き続ける男に怒鳴った。
「鍵はここだっ!馬鹿!」
 呆然と振り向く渉にウインドウから差し延ばした延彦の手には、夜目に煌めく86レビンの鍵が静かに揺れていた。
                              end




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