おやすみのキスは一度だけ | ナノ
チョコとビール


「じゃーん!」



バレンタインの晩飯に、そんな少々古臭い効果音を伴って掲げられたのは誰しもが一度は耳にしたことのあるような超高級チョコだった。



「これまた高ぇもんを……」



箸を下ろして、代わりに箱を受け取る。

その包装からして、庶民が手を出すことを許さないというような雰囲気が漂っている。

一通り矯めつ眇めつしてから金色のリボンを解けば、大きな箱とは裏腹に、ちょこんと小さな丸いチョコレートが四つ。



「今年は量より質で攻めてみました!」



にやにやしながらそう歌うヨリに、自分が食べてみたかったんだろうと心の中で突っ込む。

案の定、小首を傾げながら「一個頂戴ね?」なんてうそぶくもんだから、無言で髪をかき混ぜてやった。

満足げな顔で椅子に座り直して、じゃあどうぞお食事を続けて下さい、だなどと優雅に言ったクセに、やっぱり待って、だなんて慌てて立ち上がるもんだから落ち着きがねぇ。

こちらに背を向けて冷蔵庫をごそごそやってる隙に、ヨリの皿から唐揚げをひとつ奪い取ってみたが、やけに機嫌のいい今日だから、気付くかどうかも怪しい。



「じゃじゃーん!こちらは質より量でーす」



再び効果音付きでゴトンとテーブルの上に積み上げられたのは、一本が自販機の缶ジュースよりも安い、所謂第三のビール。

これまた安ぃもんを……とは思ったものの、口には出さない。

まぁ、酒の飲めないヨリにゃビールも雑酒も同じようなものだろうしと有難く頂戴してプルトップを引く。

相変わらずの薄味に、どうせなら酒の方に“量より質”を適応して欲しかった、などと考える俺は薄情者か。

それでも、どうぞどうぞと上機嫌のヨリが次々にグラスを満たしてくれるのは悪いもんじゃない。

ついつい飲み過ぎて、最後に時計を見たのは日付が変わる少し前。

それ以降の記憶はぷっつりと途絶えていた。







「しんぱっちゃん、起きろー」



ゆらゆらと揺り起こされ、鈍く痛む頭を抱えながら窓の外を見れば、太陽はすっかり高い位置で。

呑み助寝坊助め、なんて揶揄する声を背中で受け止めながらキッチンへ向かえば、洗って流しに伏せられた大量の空き缶と――チョコの空き箱。



「お腹いっぱいだからあげるって言うしんぱっちゃんお言葉に甘えて全部食べちゃった」



ほたほたと後ろからついて来ていたヨリが照れたように頭を掻きながらそう言って、笑う。

そのニヤケ顔に、ちょっぴりの高級チョコとたっぷりの薄味ビールという組合せは罠だったのか、だなんて肩を落としたのは言うまでもない。



ひと粒くらい、残してくれたっていいじゃねぇかよぅ。




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