おやすみのキスは一度だけ | ナノ
湯たんぽと鉄アレイ


ふと、窓の外に気配を感じた。

ベッドに向かっていた足を、方向転換して窓際へと向かう。



「あ」



ほんの少しだけ引いたカーテンの隙間から洩れる光を、ちらちらと細かな雪が反射する。

どおりで寒い訳だ。



「ヨリ、ほら。雪」



勢い良くカーテンを開けて、既にベッドの中へと潜り込んでいるヨリの名前を呼んだら、



「寒い寒い寒い寒い閉めてバカ早く」



叱られた。

静かに降る初雪を少し名残惜しく思いながらも、カーテンをきっちり閉め直し、踵を返して布団の間に滑り込む。

半身でヨリの体温を感じながら手探りでリモコンを探し当て、部屋に闇を落とした。

二人分の体温でも温めきれない布団の中で、少しでも冷気に触れないようにとそっと真ん中に身を寄せる。

同じようにすり寄って来るヨリをぎゅっと抱きしめながら幸せを噛み締め――



「ひっ」



幸せを噛みしめる筈だった俺の喉からは硝子を引っ掻いたような高い声が漏れた。

ぞわぞわぞわ、と足元から悪寒が駆け上がる。



「ヨリ……ヨリ、ちゃん?」



少し腕を緩めて、暗闇に慣れ始めた目で頭ひとつ分低い位置にあるヨリの表情を窺い見た。

わ、笑ってやがる。



「て、鉄アレイかなんか仕込んでんの……か?」



へなへなと頼りない声しか出ない。

いや、これは仕方ない。

現在進行形で、俺のズボンの中に何かものすごく冷たいものが侵入してきていた。

まるで、鉄アレイみたいな、バカみたいに冷たいものがふくらはぎに宛がわれている。



「しんぱっちゃんは湯たんぽみたいだねぇ」



筋肉がいっぱいあるから、代謝がいいのかな。

幸せそうにそううそぶく、が。

こっちはそれどころじゃない。

冷たい。

足が冷たい。

ヨリの足が冷たい。

氷みたいに冷え切ったヨリの足が、俺の足から熱を奪っていた。

今すぐ逃げ出したいけれど、下手に動けば熱を奪われていない部分が新たに冷やされてしまいそうで、どうにも身動きが取れなかった。



「ヨリちゃん、いい子だから足離そうか。な?」



「いやだ」



だって、しんぱっちゃんともっとくっついてたいんだもん。

少し拗ねたような声が小さく呟く。



「仕事なのは分かってるけどさ、最近しんぱっちゃんの帰りが遅いから一人で寝るの、寂しいんだもん」



だから一緒に寝れる日はめいっぱいくっつくの。

そう言って、ヨリはぎゅうっと俺のシャツにしがみついた。

くっついた部分から伝わる体温の懐かしさに、少し反省する。

そういえば、こうやって一緒に寝るのはいつぶりだろうか。

寂しい想いを、させてたんだよな。

明日からもう少し早く帰れるよう頑張ろう、そう思いながらヨリの額に口付けを落とす。

目に、頬に、鼻に――



「ふぬっ?!」



お互いの唇が合わさる前に、足先と同じくらい冷たい手が俺の口を塞いだ。



「明日早いから、そういうのはナシで!」



言葉と共に、パジャマの隙間から侵入しようとした俺の手は追い払われる。

じゃ、おやすみ。

そう言って、ヨリはくるりと寝返りを打つと俺に背を向ける。

器用にも、冷たい足は俺のズボンの裾に差し込んだまま。



・・・・・・・・。

なぁ、寂しかったのは俺が居なかったから、だよな?

湯たんぽがなかったから、じゃねぇよな?



違うよな?な?な?




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