長編没話 | ナノ

078.5 別人/宇宙人


※【移葉月】没話。労咳の話、つづき。
 いつか本編に使い回す、かも。ネタバレ!


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▼side:美緒



はっはと自分の呼吸がうるさい。

結局、体力の限界でぶっ倒れるまで木刀を振らされた。

私と同じだけ、寧ろそれ以上に素振りをしていたくせに、少し息を乱しただけで平然としている総司に、改めて戦慄する。

あんたは化け物か。

転がったまま、荒い息を繰り返している私を見て総司は苦笑を洩らす。

あああ、くそ。

どうせあんたと比べりゃ不甲斐ないですよ。

心の中で悪態を吐く。

そもそも男と女って時点で体力が違うんだ、バカ。

隣までやってきて腰を下ろしたあいつは、「腕、ちゃんと揉んどきなよ」なんて情けをかけてくる。

ほんと腹立つなぁ、もう。

相変わらず、ニヤニヤしている総司を睨みつけていたら、総司の喉から小さな咳が漏れた。

胸に籠るような、湿った咳の音。

最近、総司が時折こんな風な咳をしていることに気付いた。

けれど、本当にごくたまにだし、ドラマみたいに血を吐く訳でもないし、何よりも本人が以前『沖田総司は病弱でもなければ少年でもない』と否定した。

だから、気にはなったけれど特にその事については触れなかった。

もしかして、と。

嫌な予感が胸中にぐるぐると渦巻く。

けれど、こいつは私の知っている史実の人物じゃないって、不安がる心にそう言い聞かせる。

だって、沖田総司が時を越えてやって来ていた、だなんて聞いたことないよ。

これだけ頻繁にこっちに来ていれば、きっと周囲の人にも気付かれてると思う。

それこそ、新選組として大人数で寝起きしてるんだもん、気付かれない方がおかしい。

総司のタイムスリップに気付いている人が多ければ多い程、何らかの形でその記録が残されていると思うんだ。

でもそんなの聞いたことない。

私が歴史に疎いっていうのを差し引いても、そんな事実はないと思う。

だって、タイムスリップなんてそんなドラマ性のあるキーワードを使わないままにしておく理由がある?

もっと小説や映画として世に出てたっていいじゃん。

夭逝の美少年よりも、時を渡った夭逝の美少年の方がずっとすごいじゃん。

けど、そんな物語、この世にはない。

だから、総司はきっとあの“沖田総司”ではない。

上手く説明出来ないけど、少なくともこの国の歴史の中で生きてきた“沖田総司”とは違う人なんだと思う。

例えば、宇宙人みたいな存在なんだと思う、こいつは。

私たちの知り得ない世界からやって来た、全く別の“沖田総司”。

酷い結末の物語を駆ける、悲劇のヒーローなんかじゃない。

にやにやしながら意地悪な台詞をまき散らすお爺さんになって、「憎まれっ子世にはばかる」なんて呆れられながらヨボヨボになるまで生きるんだ、こいつは。

そう、それでいい。

そんな地味で平凡な人生が似合ってる。

夭逝したイケメンの天才剣士なんて、気障にも程があるよ。

生意気過ぎる。

どんなに科学技術が発達したって人類が光速を突破出来ない限り、タイムマシンは完成しない。

過去から現代にやってくるなんて、どだい無理な話なんだもん。

なら、総司が宇宙人だって方がずっと理論的じゃない。

頭上に広がる数多の星のひとつからやって来た、現代科学が及びもしない高度文明に生きる宇宙人の気まぐれ。

うん、その方がいい。

酷使した腕は相変わらずだるかったけれど、ようやくじわじわと指先に感覚が戻ってきた。

いくら夏だからって、風邪ひきをあんまり外に居させるのもよくない。

部屋に戻ろう、そう声をかける為に起き上がろうとして、総司の掌に阻まれた。

肩口を押され、起き上がりかけていた頭がごつんと地面にぶつかる。

その衝撃で視界にちかちかと銀の星屑が舞う。

何するの、そう言いかけて口を噤んだ。

こちらを覗き込む総司の目が、痛いくらいに真剣だったから。



「聞きたいことがあるんだけど」



いつもより少し低く掠れた声が言葉を紡ぐ。

揺れる翡翠色が不思議な光を帯びる。



「僕は労咳で死ぬの?」



その言葉に、私は目を見開くしかなかった。







「……は?」



ようやく絞り出した声は、震えていなかったとは思う。

どうか、短い一言に乗った動揺がただの困惑として総司の耳に届きますように。

そう祈りながら、影の落ちた深い翡翠色を見上げる。



「昔、きみは沖田総司が病弱だったって、そう言ったよね」



何の病気だったの、労咳じゃないの、と甘い声が鼓膜に刺さる。

僕はいつまで動けるの、と切迫した声が鼓膜を震わせる。

ただ、その声を聞きながら私は渇いた喉をこくりと動かすことしか出来ない。

突然の状況に頭がついていなかった。

総司の問いは、まるでさっきまでの私の思考と同じ。

まさか口に出していたのか、なんて一瞬頭から血の気が引く。

まさか、ね。

そこまで私も迂闊じゃない。



「答えて」



「知らな「知ってるでしょ」



言い逃れは許さない、と強い光を宿した瞳が私を責める。



「言わないと、殺すよ」



「……ほんとに、知らない」



半分は嘘、半分は本当。

“沖田総司”が結核で亡くなったは知ってる。

でも、その人がいつまで生きたか、は知らない。

夭逝した、と、それしか知らない。

けれど、総司は“沖田総司”じゃない。

今さっき、そう結論付けた。

総司のことに関して言えば、何の病気で、いつ死ぬかなんて知っている訳がない。

だって私は占い師でもなければ預言者でもないんだから。



「知らない訳がない」



「知らないんだって!」



思わず言葉尻がきつくなる。

総司の瞳が険を含んだものに変わったのに気付いて、慌てて口を噤んだ。

一呼吸置いて、努めて冷静に二の句を継ぐ。



「総司が、私の知る“沖田総司”本人かどうか分からない」



それなのに、不確かな“沖田総司”の情報を得たところで、あんたに何の得がある?

そう言ってやれば、不服顔のまま、総司は探るように私の瞳の中を覗き込む。

まるで子供の顔だ。

欲しいものが手に入らなくて拗ねる、子供の顔。

泣き出しそうな、幼い顔。

重い腕をゆるゆると伸ばして、総司の髪に触れる。

さらさらと柔らかい髪が、月の光を受けて不思議な色に染まる。

それに、もしあんたが“沖田総司”だったとして、と言葉を続ける。



「あんたにタイムリミットを教えたら、生き急ぎかねない」



明日死ぬって分かったら、きっと捨て身で今日中に出来ること、し尽くしちゃうでしょ?

明日の寿命を待たずに、さっさと死んじゃうでしょ?



「そんな奴に教えられる訳がない」



「終わりを知って、命を大切にするようになるかもよ?」



「どの口がそれを言う」



総司の言葉を鼻で笑う。

髪に潜らせていた手で頬をゆるく抓る。



「誰だって自分の死期なんて知り得ないんだ」



あんたも精々七転八倒しながら無様に生き残ればいい。

そう言ってニヒルに笑んでやれば、苦笑が返って来た。



「美緒ちゃんって血も涙もないよね」



「あんたに言われたくない」



そう、精々七転八倒しながら無様に生き残ればいい。

あと一日あれば、もう一日あればと、明日を渇望して生き延びればいい。

私に会ったのが運の尽きだと思って諦めなよ。

簡単には死なせてやらない。

“沖田総司”と同じ道なんて歩ませてやらないから。





   


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