068.5 直線距離※【069 手の届かない鍵】side:美緒----------
▼side:美緒
バカみたいに長い貨物列車が去っていくのをちらりと確認した総司は靴を脱ぎ捨てるとゆるゆると上がり始めた遮断機をくぐって駆け出した。
一呼吸する間にその背中はずっと遠くまで進んでいた。
私と一緒だった間は随分力をセーブしてくれていたらしい。
ああ、もっと早くこうしていれば危ない橋を渡らなくても総司は余裕で帰る支度が出来ていたのに、と少し後悔する。
今更だけど。
踏切の前にころころと転がったままにされていた靴を拾い上げる。
屈み込んだ時に、パーカーのポケットでちゃり、と微かな金属音がした。
それが何の音なのかに思い至って頭の中が真っ白になる。
「っそう……!」
ポケットの中の鍵を握り締め、駆け出そうとして息を飲んだ。
踏切から家までは直線距離だ。
それなりに距離があるし、道が緩いカーブを描いているから、ここからうちの玄関は見えないけれど、曲がり角なんてない。
けれど、今。
総司はまるで角を曲がったみたいに一瞬にして私の視界から消えた。
まるで煙が掻き消えるかのように。
あちらの時代へ、帰る時のように。
靴擦れになった脚が痛んだけれど、お構いなしに私は駆け出した。
運動不足で筋肉の衰えた脚を必死で動かす。
荒い息を吐き出すのすら辛くなった頃、辿り着いた家の玄関を引く。
開かない。
ぶるぶる震える手でどうにか鍵を開け、部屋に転がり込んだ。
総司の姿はない。
まだ帰ってない。
縁側から庭に下りる。
ぐるりと家の周りを時計回りに一周して、そのあともう一周反時計回りに庭を見て回った。
いない。
鉛みたいに重たくなった足を引き摺って部屋に上がる。
ずるずると入口に座り込んだまま、総司が戻ってくるのを待った。
道に迷ってなきゃいいけど、そんな見当外れな祈りを浮かべながら。
ちくたく、時計の針ばかりが進む。
総司はまだ帰ってこない。
まだ、まだ、まだ。
結局、朝陽が昇ってもあいつが帰ってくることはなかった。
部屋の隅には黒と臙脂の着物、緑の袴に――二本の刀。
あいつは、こちらの服装のまま、元居た時代に戻ってしまった。
(どうすんのよ、これ)