075.5 望朔※【移葉月】没話。お盆の話と暦の話。
いじればいじるほど暦講座になっていく恐怖……----------
▽side:総司
いつもの轟音を通り抜けて、まず視界に鮮やかな朱色が広がった。
比較的地味な色合いで統一された美緒ちゃんの部屋に朱いのものなんてあったかな、そう思いながら焦点が定まるのを待つ。
ようやく像を結んだ色の正体は、机の上に無造作に置かれた鬼灯だった。
「どうしたの、これ」
美緒ちゃんに花を愛でる趣味があるなんて知らなかった。
仏壇に供えられている花も、ただ差しただけ、という風情だったし、とても花に興味があるとは思えなかったんだけど。
「もうすぐお盆だからねー」
手にした茄子にぷすりぷすりと苧殻を刺しながら美緒ちゃんは言う。
「お盆は来月でしょ」
「何言ってるの。お盆は8月」
「そっちこそ何言ってるの。お盆は7月」
「8月」
「7月だってば」
どうにも話が噛み合わない。
確かにいつもの年ならこれくらいの時期がお盆だけど、今年は閏月があったから来月でしょ。
そう言うと、美緒ちゃんは首を傾げる。
「閏月って何」
子供みたいな質問。
閏月は閏月だって言っても、分からないみたい。
じゃあこの時代はどうやって暦に季節を合わせるのかな。
閏月がなかったら、どんどん季節がずれていっちゃうと思うんだけど。
「あ」
そんなことを考えていたら、美緒ちゃんが突拍子もなく叫んだから驚いた。
「旧暦だ」
「なに旧暦って」
「昔使われてた暦」
“昔”という表現に少しムッとしたけれど、彼女にとっては事実なのだと自分に言い聞かせて出掛かった皮肉を飲み下す。
その間に、美緒ちゃんはいそいそと暦を持ち出してきた。
雑に退けられた鬼灯の代わりに机の上へ広げられた暦は、六曜が書き込まれているから、辛うじて暦だと分かるけれど、全く馴染みのないものだった。
四角い升の中に奇妙な記号が並んでいる。
その記号の下に、所々、小さく“旧暦”の文字が散在していた。
「仕組みはよく分かんないけど、取り敢えず新暦と旧暦はズレが生じるの!」
「ふうん」
「……反応薄いなぁ」
「だって書かれてる記号が読めないんだもん」
記号って?と首を傾げる美緒ちゃんに、暦に並ぶそれを指差して見せる。
数字、読めないのか。
そう言って、先の細く尖った筆で記号の横に僕のよく知る方の数字を書き込んでいく。
それを見る限り、どうやら僕たちの使う暦と、ここの暦はひと月ほど違っているみたいだった。
「この暦は誰がどうやって決めるの?」
「は?」
素朴な疑問を口にしただけなのに、美緒ちゃんはものすごく変な顔をする。
「だって、これだと望朔と全然一致しない」
「ぼうさく?」
逆にそう聞き返されたので、新月の日が一日で、満月の日が十五夜なのだと簡単に説明する。
分かるような、分からないような。
そんな表情で美緒ちゃんは大人しく頷いていた。