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02 葛餅:風間千景


原田さんに連れて行ってもらった、島田さん一押しの餡蜜は頬が落ちるくらい美味しかった。

ひやりとした寒天が身体を内側から冷やしてくれているようで、先ほどとは打って変わって部屋の中でもじわりと滲む汗が気にならない。



(我ながら現金だな)



ひとり、小さく苦笑する。

それに重なるように、微かな吐息を落とす音が聞こえた気がした。

慌てて振り返る。



「か、風間さん!」



どこから入ってきたのか、千鶴のすぐ後ろに男鬼の姿があった。

白い着流し姿はどこか涼やかで、夏の山中に凛として咲く百合の花を思わせる。

口元に浮かべた微笑とは裏腹に、瞳には呆れたと言わんばかりの色が浮かんでいた。



「部屋でひとり笑みを漏らすなど、尽々おかしな女だ」



「こ、これは、その」



ふ、不覚!!

羞恥で目元が熱くなる。

いつから見られていたか、なんて考えたくもなかった。

本人に問えば、なんだかとんでもない返答が来そうで空恐ろしい。



「……っ、一体、何の用ですか」



努めて平静な声を出す。

そうだ、ここは新撰組の屯所。

薩摩藩に身を置く彼がやすやすと敷居を跨ぐことが許される場所ではない。



「そう声を尖らせるな」



のんびりとした口調のまま、風間は千鶴に歩み寄った。

ゆったりと長い腕が伸びてくる。



「こう急に暑くなっては敵わんだろう?」



存外に優しい仕草で頬に宛がわれた大きな掌は、ひやりとして心地よい。

心の隅でそう感じている自分に微かな罪悪感を覚えた。

けれど、その手を振り払うことが出来ない。

ただひたすらに、千鶴は深い緋色の瞳に魅入られていた。



「これは人間どもの下で雑用ばかりさせられている我が妻への陣中見舞いだ」



大きな瞳の中に映りこむ自分の顔を眺めながら、膝の上に乗せたままの両の手に小さな包みを置いてやる。



「こ、れ……」



掠れた声が艶っぽい。

上気した頬に吸い寄せられそうになる。

このまま絡め取って連れて帰ってしまいたい衝動をどうにかして抑え込んだ。

今はまだ、その時ではない。

自分自身にそう言い聞かせて。

親指で頬の稜線をなぞると、頬の赤みが増した。

それに満足したように微かに目元を緩め、風間はゆっくりと千鶴から離れた。



「葛餅だ。温くならない内に食せ」



言葉と同時にじわりと風間の輪郭が滲み、消える。

それを呆然と見送っていた千鶴は、暫くして深く息を吐いた。

掌に乗った葛餅は包み紙越しにもひやりと冷たい。

それは、否応なく先程まで頬の上にあった風間の大きな手の温度を思い出させた。



(どうしよう、これ……)



さやさやと風に遊ばれる青葉の囁きを聞きながら、ぽつねんと部屋に残された千鶴は、ひとり途方に暮れるばかりだった。


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