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02


カラコロと始業の鐘が鳴る。

先生が教室に来るまでの、あの騒々しいお喋りの声も耳に入らないくらい、私は緊張していた。

さっきから全身にチクチク刺さる視線が痛い。

やっぱり、変だよね。

被ったフードの端を引っ張って、出来るだけ周囲から顔が見えないようにする。

平助くんに借りた男子用の制服はやっぱりぶかぶかで、袖からは指先がほんの少し見えてるだけ。

やっぱり無理があるんだって。

今頃どこかで体操服姿のまま、のんびり昼寝でもしてるだろう幼馴染みを、ほんの少しだけ恨めしく思った。



『ほら、総司と俺の席って前後じゃん?俺のふりして授業に紛れ込めば、流石の総司も逃げ隠れ出来ねぇって』



そんな囁きに便乗してしまった私が一番悪いんだけど。

あああ、隣の席の人なんてもう絶対気づいてるよ。

あと、二列向こうのあの人も。

なのに肝心の沖田先輩は、相変わらず机に突っ伏したまま起きる様子もない。



「授業始めるぞー」



ゆったりした足取りで原田先生が教室に入ってくる。

ぱちりと目が合ったと思ったら、にっこり満面の笑みが送られてきた。

平助くんと原田先生は仲良いから、何もかも筒抜け、か。

だからこそ、こうやって保健体育の時間に私たちが入れ替わることが出来てるんだろうけど。



「こら、総司。授業始まるから起きろー」



此方に向かって歩いてきた先生は、丸めたプリントでぽかりと沖田先輩の頭を小突く。

ゆっくりとした動作で頭を上げた先輩が、ふわりと欠伸をしているのが後ろの席からでも分かった。

ぽかぽかと温い日差しの中で授業が進んでいく。

確かに、沖田先輩はすぐ目の前に居るけれど、静かな授業中に話し掛けるなんて私には出来ない。

それでなくても既に奇異の目で見られてるのに。

どうしたものか、と悩みながら机の上に形だけでもと開いたノートにラクガキする。

カラフルな蟻の行列がノートの罫線に並んだ時、ふと思いついた。

ラクガキ、か。



音を立てないように静かに椅子を前に寄せると、沖田先輩の背中に手を伸ばす。

ありったけの想いを込めた指先で、そっと広い背中に文字をなぞった。

ピクリと反応した先輩がゆっくりこちらを振り返って、すぐ前に視線を戻す。

もう一度、同じ場所に同じ言葉をなぞったけれど、もう振り返ってはくれなかった。

やっぱりもうダメなのかな。

許してくれないのかな。

沈んだ気持ちで黒板を埋めていく白いチョークの文字を見つめながら、小さくため息を吐いた。

折角協力してくれたのに、ごめんね。

そう、心の中で平助くんに謝っていたら、突然ぽとりと小さな紙切れが落ちてきた。

キョロキョロ辺りを見回しても、みんな黒板に集中している。

誰?

首を傾げながら開いた紙は駅前に出来た甘味屋さんの新装開店を知らせるチラシの切れ端。

隅の方に見慣れた伸びやかな文字が並んでいて、思わず笑みが零れた。



『糖分が足りないから授業に集中出来ない』



顔を上げると、肩越しに小さく振り返った沖田先輩の悪戯っぽい瞳とぶつかった。

放課後、食べに行きませんか。

その背中にそう文字を落とすと、クスクスと微かな笑い声が聞こえた。

終業まであと十五分。

なかなか進まない時計がもどかしかった。







「平助、おまえ今度補習な」
「えー!なん「俺の授業サボったのはどこのどいつだ?」
「う、でもそれは……」
「理由のあるなしに関わらず、サボりはサボり、だよな?」
(左之さん目が笑ってねぇよ……)



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