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02


「おう、どうした平助。随分ひでぇ痣こさえてんじゃねぇか」



這々の体で命辛々道場から脱出した俺を廊下で迎えたのは土方さんだった。

総司とは対照的に、こちらは珍しく機嫌がいい。



「道場で総司の八つ当たりに付き合わさ「道場だと?!」



それまでの上機嫌はどこへやら、土方さんは目を三角に吊り上げて般若の如く顔を歪める。



「あの野郎、咳が治るまで布団から出んなっつったのに何考えてやがんだ!」



どかどかどかと足音荒く、道場に向かった、



と思ったら、くるりと振り返る。



「平助、あとで斉藤か山崎に石田散薬持って行かせるから、ちゃんと飲んどけ」



「いや、土方さん!俺そんなひでぇ傷でもねぇから石田散薬は……」



「バカ言ってんじゃねぇよ。お前午後から巡察だろ?傷が痛んで不逞浪士取り逃がしました、なんてことになったら腹切らせんぞ」



そう凄んで、そのまま去って行った。

優しさのようでいて、理不尽この上ない。

すぐに道場の方から土方さんの怒鳴り声と総司の哄笑が漏れ響いてくる。

騒々しい足音がこちらに向かってくるのも時間の問題だろう。

これ以上のとばっちりを受けないように、慌ててその場を離れた。

それにしても千鶴の奴、どこ行っちまったんだ?

中庭に面した縁側に座って、今朝早くにあいつが干していったであろう洗濯物を眺める。

風に煽られぱたぱたと翻るそれを眺めていると、なんだか無性に切なくなった。

そこここに千鶴の居た気配がするのに、本人はどこにもいない。



(夢ん中みてぇに、どっか行っちまったりしねぇよな、千鶴……)



「おや、平助」



しゅん、と萎んだ思考に割って入って来たのは、山南さんの柔らかい声だった。

日に当たらないよう縁側の陰にひっそりと立つ顔は病人のように青白い。



「どうしたのです、こんなところで」



「別に、どうもしねぇよ。山南さんは起きてて大丈夫なのか?」



「そうですね――また、じきに前川邸に戻ります。それにしても、雪村くんの居なくなった屯所はどうも華がなくていけませんね」



山南さんの言葉にはっと顔を上げた。

俺の隣、ちょうど木陰になるところに腰かけた兄弟子は、揺れる洗濯物に目をやってどこか寂しげに笑っている。

居なく、なった?

どくん。

心の臓が嫌な音を立てた。

まさか――まさか。



「千鶴……出てっちまったのか?」



「ええ。日の出前に出立する彼女を見送ったのは、他でもないこの私ですから」



「っ、なんで止めなかったんだよ!」



「特にこれといって止め立てするような事由もありませんでしたし」



その言葉に、頭の芯が冷たくなる。



「……山南さん、ほんと変わっちまったな!」



立ち上がって、驚いている山南さんを見下ろした。

羅刹になったって、山南さんは山南さん。

ずっと変わらない、辛辣で優しい慕うべき兄弟子だと、そう信じてきたのに。



「人間の心まで手放しやがって、見損なったぜ!」



吐き捨てて、玄関へと向かう。

日の出前に屯所を出たなら、まだそう遠くまでは行ってないだろう。

女の足なら尚更。

追いついて、連れ戻して――その後のことなんか知ったこっちゃねぇ。

玄関でじりじりしながら草鞋の紐を結う。

あああ、クソ。

こうしてる間にも千鶴は此処から遠ざかってくってのに。


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