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雨降りの似合う花


「わっ!紫陽花?すごく綺麗!」



差し出された立派な紫陽花の枝に思わず感嘆の声が漏れた。

無数に散らばった雨粒がキラキラ輝く。



「千鶴にやるよ。ほら、最近雨ばっかで屯所から出らんねぇだろ?」



気晴らしにでもなればいいと思って。

恥ずかしそうにそっぽ向きながら言ってくれた言葉に、ついつい頬が緩んでしまう。



「ありがとう!でも、こんな立派な枝よく見つけたね」



「ああ、実はさ――」



  ◆



「それにしてもよく降るな」



軒下から片手を出して、左之さんが雨粒を受け止めながら呟いた。

突然降り始めた大粒の雨をやり過ごそうと、左之さんと新八っつぁんと三人で民家の軒先を借りてからもう四半刻は経っている。

こんくらいの雨、いつもなら気にせず屯所まで走って帰んだけど、大人しく留守番してる千鶴への土産にって団子買っちまったからそういう訳にもいかねぇし。



「早く止まねぇかなぁ」



濡れて首筋に張り付いてくるうざったい髪を払い除けながら口を尖らせた。

早く帰って千鶴を喜ばせてやりてぇ、そう思うと余計に気持ちがじりじり焦る。



「源さんの言う通り、傘持って来りゃよかったぜ。ったくよー、ここのところ平助と出掛けるといっつもこうだ。この雨男!」



「俺じゃなくて新八っつぁんが雨男なのかも知んねーだろ!あーもうやめっろって!」



言いがかりをつけてとぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜてくる新八っつぁんを退けながらわめいた。

ちょ、左之さんも笑ってねーでさぁ!



ん?

ぎゃあぎゃあ騒いでたら、視界の端にちらりと青い色が映り込んだ。

ちょうど雨宿りしている家の横側、垣根と垣根の切れ間に大きな紫陽花が幾房も丸く青い茂みを作っていた。



「わ、でっけー紫陽花!」



「おぉ、こりゃ立派なもんだ」



「確かに!ここまで見事な株なんか滅多とねぇぜ」



「だろ?千鶴がこれ見たら、ぜってー喜ぶよな……」



「ん?あぁ、そうかも知れねぇな」



「おい、平助おまえまさか――」



何か言いかけた左之さんの言葉が終わる前に、一番でっかくて綺麗な一枝をぽきりと手折った。



間近で見ると、雨粒が光って夜空の星がくっついたみたいだ。



「雨も上がったみたいだし、新八っつぁんも左之さんも早く帰ろーぜ!」



何だか微妙な顔をしている二人を置いて、雲間から夕陽が差し込む空のを屯所に向けて駆け出した。

出来るだけ、手にした紫陽花が傷まないよう細心の注意を払いながら。



  ◆



そして、冒頭に戻る。



道端で宝物を拾った子供の様な目で事の顛末を語る平助くんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



「あの、ね」



なに?なんて無邪気に小首を傾げる彼とまともに目が合わせられない。

悪気はない――んだよね、きっと。

はあ。

小さくため息を吐いてから、思い切って口を開いた。



「平助くん、気持ちは嬉しいんだけど、お庭から勝手にお花とって来ちゃ駄目だよ?」



「何言ってんだよ千鶴、紫陽花なんてどこにでもほいほい咲いてんじゃん」



悪びれない瞳は、あれらが全部野生のものだと信じ切ってるみたい。

確かに、お世話されてるものなのかどうか見分けにくいところに生えているものも多いけど――

こんな立派な枝をつけた株が、垣根の切れ間にちょうど生えてきていただなんて、そんなうまい話はないと思う。



「えっと……観賞用の紫陽花を育ててる人もいるんだよ?」



「えっ……」



平助くんの顔が見る間に青くなっていく。



「じ、じゃあこれって――俺のやった事って――ぬすっ……盗人になんのか?!」



わああ、と叫んた平助くんは頭を抱えてその場にうずくまってしまう。



「知らなかったんだから、折ってきちゃったものは仕方ないよ、ね?」



明日、一緒にお詫びに行こう?

そう声を掛けたら、平助くんはすっくと立ち上がった。



「千鶴、ごめん。ありがとな!俺、今から返してくるわ!」



「え?ちょ、平助くん待って!」



制止の声も聞かずに、平助くんは夕暮れの市中へと飛び出して行ってしまった。







(手折った枝を返されても、おうちの人を困らせちゃうだけじゃないのかな……?)


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