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09 番茶:井上源三郎


「おや、雪村くん。何だか疲れた顔をしているね」



這々の体で土方さんの部屋から逃げ出して、いつまた誰の甘味攻撃があるかも知れない部屋には戻れなくて、一番人通りの少ない裏庭に面した縁側でぐったりと柱にもたれかかったまま、庭を眺めていたところに井上さんが通りかかった。

思わず居住まいを正したけれど、優しい笑顔は少し心配そうに顰められている。



「私でよければ相談に乗るよ」



くしゃっとしわの寄る柔らかい笑顔に心が解された。

いけないと思いつつ、ついついその温かい言葉に甘えて、今日一日の出来ごとを掻い摘んで話してしまう。

原田さんから始まり、風間さん、山南さん、沖田さんに近藤さん、平助くん斎藤さん土方さん。

そして、皆さんが持ってきて下さった甘くて冷たい献上品の数々。

出来るだけ、愚痴っぽくならないように気をつけて一通り説明し終わった頃には、屯所内に起きている人の気配は随分と少なくなっていた。



「通りで今日は屯所内が慌ただしかった訳だ」



私の話を黙って聞いていた井上さんは、私の話が最後まで来たのを確認してから笑う。



「許してやっておくれ。気は利かないが、皆君が好きなんだよ」



「好きだなんて、そんな――」



でも、気に掛けてもらえてることは、今日だけでも十分によく分かった。

むしろ、皆さんのご厚意を素直に受け取れないことが申し訳なくて――

そう言うと、井上さんは目尻のシワを深める。

その優しい表情は、ほんの少し父さまを思い出させた。



「それでも、女の子が身体を冷やすのはよくないね」



来なさい、温かい茶でも淹れてあげよう。

先に立って井上さんがお勝手に向かう。

千鶴もその後について勝手場に向かった。



ことことと沸く湯を急須に移してから、井上さんは二つ分の湯呑みに番茶を注いでくれた。

ゆっくりと立ち昇る白い湯気が目に優しい。

手に持つと、湯呑み越しにその温度が伝わってきた。

勧められて口にした温かい番茶が、冷えた身体に染み渡る。

暑くなったとはいえ、まだまだ朝晩は少し肌寒いこの季節。

じんわりと温もりを取り戻し始めた指先に安堵のため息が落ちた。



「温かいものって、心も温まりますよね」



「そうだね、まだしばらくは温かいものが重宝されるだろうね」



「私、今日一日の中で今が一番幸せです」



「そうかい、それはよかった」



柔らかく微笑んで井上さんはお茶をすする。







彼女のその一言がまた新たな騒動の種となるなど、知りもしないで。



「きょ、今日は温かいものばかり――一体なんなんですか?!」


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