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08 心太:土方歳三


斎藤さんのお部屋で頂いた羊羹は、ものすごく美味しかった、と思う。多分。

慣れない多量の糖分は刺激が強すぎて、既に味覚は鈍っていた。

辛みでどうにかならないかと、夕餉では自分の膳に少し多めに塩を振ってみたりもしたけれど、緩和出来るどころか余計に舌がおかしくなった気がした。

まるで煮え湯を飲んで火傷した時のようにピリピリと痛む舌先を口の中で転がしながら、字の勉強にと山崎さんから借り受けた書を映していたけれどどうにも集中出来ない。

慣れないものを食べ過ぎたせいか、やっぱり少しお腹も痛い気がする。

こういう日はもう寝ちゃった方が得策なのかも。

パタンと本を閉じて硯を片付ける。

寝る前にもう一度だけお水を、とお勝手に向かう途中で中庭越しに土方さんの部屋が見えた。

その部屋は暗く静まっている。

午後から幕府の偉い方たちとの話し合いがあると言って出ていったきり、夕餉になっても戻られなかった。

いつだって夜遅くまで机に向かってお仕事をされているから、灯りの入っていない土方さんのお部屋を見るのはとても珍しい。



(お部屋に居ないってだけで、まだお仕事していらっしゃるんだもん)



本当に仕事熱心な方だと思う。

余りに熱心だから、少し心配だけれども。

湯冷ましで喉を潤してから部屋に戻る途中で、外から帰って来たらしい土方さんとぶつかった。

ぼんやりしていたものだから、その拍子にぐらりと身体が傾き、転びそうになる。

とっさにその腕を掴まれて、反動で鼻から土方さんの胸の中へ飛び込んだ。

むしゃっと鼻がひしゃげる。



「いった……!」



「おいおい、大丈夫か」



頭上から凛とした声が落ちて来る。

抱き締められた格好のままであることに気付いて慌てて離れようとしたけれど、力強い腕が私を捉えて離さない。



「あの、土方……さん?」



ああ、花街に行ってらっしゃったんだな。

押しつけられた着物からふわりと香る微かな白粉と、強いお酒の匂いでそうと分かる。

普段からあまりお酒を嗜まれない方だから、多分これは酔って――



「ちょっと付き合え」



「え?わわっ!」



抱き締められた、というよりも荷物のように抱えられた状態でそのままずるずると廊下を引き摺られる。

まだ、寝るには早過ぎるくらいの時間だから、屯所内は多くの隊士さん達がうろうろしたり、そこここで談笑したりしている。

そんな中をずるずる引っ張り回されれば勿論注目の的になる訳で。

遠巻きに私たちを眺めている永倉さんと目があったから、すがる思いで助けを求める視線を送ったのに、ごめんと言わんばかりに手刀を切られた。

う、裏切り者ー!



「よし、雪村。そこへ直れ」



土方さんのお部屋へ引っ張り込まれ、畳の上へ正座するよう命令される。

なんだかもう抗う元気もなくて、私は素直に正座する。

さっきからずっと手に持っていた包みを鼻歌交じりに開くと、私の目の前にとんとんとんと並べる。

それは、ひんやり涼しげな心太。



「食いやがれ」



「はい?」



「食えっつってんだよ」



「え……っと、その……甘くて冷たいものはちょっと、もう……」



「なんだ、腹でも壊したか」



「いや、そういう訳では……」



もごもごと口篭る。

けれど、俺の心太が食えないってのか、なんて凄む土方さんの目は完全に座っていて、どうにも言い逃れ出来なさそうだった。

そもそも、なんでここに心太があるのかが不思議だ。

普通、心太というものは歩き売りしているものをその場でつるりと頂くものだと思うんだけど。

でもそんなことは聞けない。

土方さんの目つきが尋常じゃない。



「温くなる前に食っちまえ」



「いや、あの、はい……いただき、ます」



おう、とぶっきらぼうに返事して頭を掻く土方さんに怯えながら細い寒天を口元に運ぶ。

黒蜜の甘さが舌を刺激して、甘いというよりもチクチクする。

ああ、冷たい。

お腹が冷たい。

喉が飲み込むことを拒否している。



「どうだ、美味いか」



「おいひい、です」



飲み込めずに口の中に心太を残したまま行儀悪くそう答えたけれど、土方さんは気にする風でもなく機嫌よく笑った。



「まだまだあるから、たんと食え」



優しいその言葉は、今の私にとって一番キツイ責め句だった。


10/11




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