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07 羊羹:斉藤一


しょんぼりしていても時間は過ぎていく。

そろそろ夕餉の支度に取り掛からないと、とお勝手に向かった。

お勝手に着けば、既にタスキを掛けた斎藤さんが野菜の下準備を始めていて、急いで私もタスキをくるくると巻き付けた。

沸かしたお湯の煙がもうもうと上がるお勝手はとても暑くて、額につぶつぶと玉の汗が浮かぶ。

ぎゅっとそれを拭って斎藤さんを見れば、涼しい顔で菜っ葉を刻んでいた。



「斎藤さんは、暑くないんですか?」



ついそんなことを尋ねてしまう。



「何故そのような事を訊く」



斎藤さんは怪訝そうに首を傾げる。



「そういう風に、見えましたから」



そう答えると、涼しげな顔に微かな笑みが浮かぶ。

暑くない訳ではない、と菜っ葉を切る包丁の規則的な音に交じって静かな声が答えた。



「ただ、あんたみたいに額を出していない分、汗をかいても他人からは分からんのだろう」



ほら、と料理する手を止めてほんの少し前髪を掻き上げて見せた斎藤さんの額にも、うっすらと汗が浮かんでいた。

一緒ですね、と笑うと、ああ、と笑みが返ってくる。



「ところで雪村、羊羹は好きか?」



唐突な言葉に千鶴はぴっと身を強張らせる。



「よ、羊羹、ですか……?」



今日一日の流れから考えると、嫌な予感しかしない。

これは、もしかして――



「美味いと評判の店の羊羹を手に入れたのだが、夕餉のあと一緒に――」



は、と斎藤さんは口を噤んだ。

深い藍色の瞳が私をじっと見つめる。

その真剣な眼差しがちょっと落ち着かない。

もじもじする私に気付いているのかいないのか、斎藤さんは微動だにせずじっと私の瞳の中を覗き込む。

あのどうしましたか、と私が口を開く前に斎藤さんの静かな声が落ちてきた。



「すまない、羊羹は苦手のようだな」



しゅんと寂しそうに肩を落とす斎藤さん。

その様子に、どうしてじっと顔を見られていたのか分かった。

いけない、嫌そうな顔をしていたのかな。

慌てて両手で頬を押さえる。

そんなつもりじゃない。

羊羹は大好き、大好きなんだけど、ちょっともうどうしようもなく申し訳ないのだけれど、甘味の話になると顔が勝手に強張る。

幸せって、どれだけあってもいいものなんだと思っていた。

でも、何でも適量って言うのがあるんだって、今日知った。

あああ、そんな捨てられた子犬のような瞳でしょんぼりしないで下さい。

そんな顔させてしまっているかと思うと――



「あの、よ、羊羹、大好きです!頂きます!」



言ってしまった、と後悔したところでもう後の祭り。

自ら適量を超える領域へ踏み込んでしまった。

けれど、ぱっと顔を挙げた斎藤さんの目はキラキラで、本当か、なんて呟くように囁いた声は弾んでいる。

罪悪感と自己嫌悪でいっぱいなのに、少し頬を染めてはにかんだ表情が私をきゅんとさせた。

夕餉の後って、斎藤さんはそう仰った。

夕餉の支度でしっかり動いてお腹を減らせて、夕餉の量も程々にしよう。

うん、そしたらきっと斎藤さんの羊羹も美味しくいただけるし、斎藤さんにあんな悲しい顔をさせずに済むと思う。

そうと決めたら働かなくちゃ、と千鶴は腕まくりすると煮物の準備に取り掛かった。


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