037 楽しいドライブ▽side:総司
半強制的に着物を着換えさせられた僕は、以前‘ぱそこん’の中の写真で見た車に無理やり押し込められた。
籠なんかよりはずっと広いけれど、馬や人足なんかの車を引っ張る為の動力が見当たらない。
広い部屋から狭い部屋に移動しただけ、そんな感じだった。
‘しいとべると’を締めろ、なんてちょっと疲れた顔をした美緒ちゃんが迫って来るから、仕方なく見よう見真似で壁から生えた帯を身体に巻き付ける。
それを確認してから、彼女は目の前の中抜きの円盤を握り、その根元を何やらいじっていた。
すぐに、足元から重低音が響いてきたかと思うと車がのろのろと動く。
少しずつ加速し、見る間に周囲の景色が目で追えない程の速さで流れ始めた。
「これ、どうやって動いてるの?景色の移動が速過ぎてちょっと気持ち悪いんだけど」
「もう酔ったの?!」
美緒ちゃんが困った顔でこちらを振り返る。
お酒も飲んでないのに、酔わないと思うんだけど。
そうじゃなくて、と曖昧に否定して彼女は窓を開けろと言う。
窓って、この硝子のこと?
取っ手もないのにどうやって開けるんだろう。
円盤にしがみ付いたまま、どこか必死の形相で正面を向いている美緒ちゃんは、どうも手が離せないみたいだったから、適当に硝子を押したり叩いたりしてみる。
やっぱり開かない。
そうこうしている内に、ぐっと背中から身体が押されて慌てて足を突っ張った。
じわり、と車が止まる。
「ごめん、開け方分かんないか」
そう言った美緒ちゃんが、肘掛みたいな形の壁の出っ張りの一部を押した。
ににに、と不思議な音を立てて硝子が勝手に下がっていく。
「あんたの手元にも同じようなのがあるでしょ?それで開閉して」
言われてみれば、僕の左側の壁にも同じような出っ張りがあって、ちょうどそこに肘を置けば、人差し指と中指の真下に四角い大きな駒があった。
また動き始めた車の振動を感じながら、その駒を押すと、更に硝子が下がっていく。
硝子が見えなくなったところで不思議な音も消えた。
消えた硝子はどこへ行ったんだろう。
美緒ちゃんは開閉して、と言ったからどうにかしたら戻って来るんだろう。
四角い駒を押さえつけたまま、前に押したり、後ろに引いたりする。
動かない。
これを外してみたら、この下に他の仕掛けがあるのかな。
そう思って、駒を上向きに引っ張ると、またあの、ににに、という不思議な音がして硝子が戻って来た。
成る程、これを押し下げれば硝子も下がって、引っ張り上げれば硝子も上がって来るのか。
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