036 らくがき▼side:美緒
「それ何?」
やたらと熱心に私の手元を見ているな、と思ったら、また【THE・総司くんの質問タイム】が始まった。
これが始まると面倒臭い。
パソコンの説明を求められた時の事を思い出してうんざりする。
まぁ、これはパソコンみたいな複雑な代物じゃないからさほど苦労せずに理解してもらえる、かな。
「これはペン。あんたんとこで言う筆、かな」
「ふうん。写真の時も思ったけど、こっちは色彩豊かだね」
机の上に転がるカラフルなサインペンを指で弾きながら、総司は素直な感想を述べる。
確かに、モノクロ写真に墨書きなんて、昔の生活ってすごく地味な色合いなのかも。
んん?
でも、浮世絵なんかは結構な極彩色だったような気もする。
あれって何で色付けてるんだろう。
絵具?
「ってちょっと総司!こんなとこで試し書きしないで!」
机の上に広げていた寄せ書きの色紙の隅に緑色でくるくると螺旋を書いているのを見つけたから慌てた。
急いで取り上げたけれど、既にオレンジと黄色の試し書きが済んでいたらしく、一角だけが妙にカラフルだった。
「どうしてくれるんだ、これ」
どう見たって試し書き。
修正液をかけたくても、流石に人に贈るものにでかでかと書き損じの跡を残すのは憚られる。
既に何人かのメッセージが書き込まれているから、新しい色紙を用意する訳にもいかない。
ううう、シールか何かで隠蔽せねば……
でもこの家にはそんな気の利いたものある筈もない。
あるのはセロハンテープにガムテープ。
「ホントどうしてくれるんだよ、これ……」
恨めしく総司を睨む。
なのにこいつときたら涼しい顔でどこからか引っ張り出してきたチラシの裏にまた落書きしている。
おこしゃまか。
上手いとも下手とも判断出来ない、なんとも微妙な絵が紙面に飛び交う。
ところどころに書きこまれた文字は、行書なんだか草書なんだか、兎に角解読できないようなグネグネで何なんだかさっぱり分からない。
分からないながらも、すごく適当に書いてることだけは分かる。
いいよな、こいつは気楽で。
一瞬にして畳の上に散乱していた、既に白紙のなくなったチラシを拾い集めながらため息を吐いた。
ほんと、どうするんだよこの色紙。
暫く産休を取る先輩の送別会は明日だっていうのに。
ふと、重ねて置いたチラシの中のひとつに目を奪われた。
目が痛くなりそうなどぎつい黄色に、雑貨や化粧品や食品やと脈絡なく商品が並んでいる。
深夜まで営業しているディスカウントストア。
閉店時間は三時だったか四時だったか。
ここなら何かしらいいものが見つかるかもしれない。
ちょっと出掛けて来る、そう言いかけて思い留まった。
こいつを一人で留守番させるのは不安だ。
不安すぎる。
連れて行くにしてもこの服装。
仕方ない、あれを着させて連れてくか。
手に握っていた車のキーをもう一度机の上に置き直して、押し入れを開けた。
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