025 幸福のスイカバー▼side:美緒
しゃくしゃくと一人の部屋に満ちる、涼しい音。
うーん、やっぱり夏はスイカバーだよね。
スイカよりもスイカバー。
だって、種も皮も食べられるし。
この季節、うちの冷凍庫にはファミリー向けのスイカバーとメロンバーが入った大箱が常備されている。
遊びに来た亜矢なんかは、「お子しゃまか!」なんて笑うけど、結局スイカバーさまの恩恵に与るんだから同類だ。
そろそろストックを買わないとな。
そんなことを考える。
冷蔵庫の中にはスイカバーが残り一本。
スイカ党の私は好きなものは後に残す派だ。
残りの一本はいつ食べようかな、なんて考えると、思わず目尻が垂れる。
いやいや、今はこの目の前のスイカバーさまのことだけを考えよう。
だって、まだ二口しかかじってないんだから。
早くしないとあの偽名のセクハラサディストが来てしまう。
この前はかりんとうに葛湯なんて言う女心を掴むにはもってこいなお土産持参でちょっとだけ――ほんのちょっとだけ株を上げてきたけれど、それでもスイカバーだけは譲れない。
本当はもっと味わって食べてしまいたいけれど、ここは一気に一口で……
「何食べてるの?スイカ?」
不吉な声が聞こえた気がする。
いや、気のせいだ。
さっさとこれを一口で……
「ねぇ、無視するの?そんなことしていいと思ってるの?」
明らかに不機嫌なセクハラボイスが背後から聞こえた。
先月とは打って変わって、恐ろしいくらい不機嫌だ。
「あ、ご、権兵衛(仮)!来てたんだ、気づかなかったぁー」
「僕、そんな変な名前じゃないし」
あんたが言ったんだろ!
そう突っ込みかけた裏拳をそっと呼びもどす。
ダメダメ。
私の本能が、今日のこの人に逆らっちゃいけないって、そんな危険信号を出している。
「じゃ、じゃあなんて呼べばいいのかなー?お名前、教えてくれるかなー?」
某教育テレビの歌のお兄さんお姉さん並のテンションでそう聞き返したらじろりと睨まれた。
それ、その目、その視線だけで人が殺せると思うんですけど!
「子供扱いしないでよ」
あ、あああ、そうですよね!
権兵衛(仮)さんはもう立派な成人男子ですもんね!
こ、これは失礼いたしまし――
「で?」
まだ僕の質問に答えてくれてないと思うんだけど。
にっこりと、百歩譲って好意的に見れば笑顔に見えなくもない表情で権兵衛(仮)は私を見つめた。
ああ、さようなら私のスイカバー。
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