098 返却▼side:美緒
いや、なんていうか……
状況がよく分からない。
その一言に尽きる光景だった。
だってそうでしょ?
きっと数十分程前に初めて顔を合わせたであろう二人が、何が可笑しいのか、揃ってころころ笑い転げているんだから。
よく分からない。
ていうか、おかしい。
理不尽だ、とも思う。
私の時は――この家に初めて来た時は、あんなに警戒して、敵意剥き出しだったのに。
偽名でさ。
命の危険だって感じたのに。
なにこの和やかな感じ、訳分かんない。
それも、なんか私の顔見た瞬間、二人の笑い声が余計に大きくなった気がしたんだけど。
気のせいじゃない。
気のせいじゃないと思うんだ。
うん、絶対気のせいじゃないよね。
明らかに二人とも私のこと見て笑ってるよね。
総司に至っては、もう差しちゃってるよね。
私のこと、指差しちゃってるよね。
指差しながら猿がどうとか言ってるよね。
なんで猿なんだよ。
どこに猿要素があるんだよ。
失礼だな、おい。
なんなの、もう!
なんだか面白くなかった。
そんな筈はないだろうに、ふたりに仲間外れにされている、そんな気分だった。
「……来て」
大股で部屋に踏み込むと、総司の手を引いて引っ張り出す。
後ろから「ひゅーひゅー!」だなんて、時代遅れも甚だしい冷やかしの言葉が追ってきたけど完全に無視。
ていうか、遅れすぎだよね。
死語とかそいういレベルじゃないよね。
古典的表現過ぎて寒いよね。
猛吹雪かってくらい寒いよね。
危険過ぎる。
精神的な寒さに震える私は、すれ違いざまに無言でとうさんにコンビニの袋を押し付ける。
アイス、冷蔵庫に入れておけばいいんだな?なんて掛けられた声は無視した。
とうさんは何にも悪くないのに、ごめん。
心の中で手刀を切っておく。
でも仕方ない。
だってもう、かあさんの吹雪発言のせいでダメージが半端ないんだもん。
振り返ったら死ぬ!そんな感じだった。
ずかずかずか、足早に廊下を進む。
ばあちゃんの遺した屋敷はぼろいし、立派ではないけれど、部屋の数だけはやたらとある。
廊下を曲がり切る直前、手近な部屋に飛び込んで、私はようやく総司の手を解放すると、ゆっくりと息を吐き出した。
闇に浮かび上がる呼気が白い。
「……なにさ、こんなところに連れ込んで」
揶揄するような言葉には、まだ笑いが含まれている。
別に、と冷たく返しても、別段気にする様子はなかった。
電気も暖房も点けないまま、元日の部屋は暗く、寒い。
けれど、私も、総司も、ただ黙ってそこに居た。
それは、居心地が悪いような、安心するような、どうにも形容できない空気だった。
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