097 似て非なる人▽side:総司
いつものように美緒ちゃんの部屋に着いた僕を出迎えたのは、至近距離に立って変な顔をしている彼女だった。
「ちょっと、近いんだけど」
「ああ、うん、ソウネー」
僕の話なんて聞いちゃいない、そんな感じで、美緒ちゃんは生返事を返しながら僕をまじまじ見詰める。
そんなじっくり見る程も珍しくないだろうに。
なんなの、一体。
わざとらしくため息を吐いてみせてから、その肩をぐいっと押しのけようとした。
(……あれ?)
ふと、違和感を覚える。
はっきりとは分からないけれど、何かが変だ。
一体何が変なんだろう。
僕も正面の美緒ちゃんの顔をじっくりと見つめる。
目、鼻、口――それぞれを記憶の中の美緒ちゃんと照合していく。
どれもこれもが少しずつ一致しない。
(あ)
そして、今更ながらに大きな変化に気付く。
鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離だったからなかなか気付かなかったけど、髪が随分と短い。
短いどころじゃない。
まるで猿みたいだ。
茶味がかった短髪は、くりくりした丸い目と相俟って、どう見たって裏山から降りてきた猿だった。
いつもと変わらない、女の子にしてはガサツな動き方が、そんな猿っぽさに拍車をかけてるし。
今にウキー!だなんて叫び出しても、全然驚かない。
ていうか、人語を操ってる方が不思議なくらい、だよね。
言葉を喋る、サル。
ああ、こんなこと考えてるだなんて口に出して言ったら怒るんだろうな。
怒り狂って暴走するお猿さんを想像して、笑いを噛み殺す。
そんな僕には気付かないまま、まだまじまじと美緒ちゃんは僕の顔を眺めている。
時折何かブツブツと呟きながら。
ああ、それにしても。
猿っぽさを除いたってやっぱり今日の美緒ちゃんはいつもと違うな。
一体何が。
また思考が堂々巡り。
何となく見えてきた違和感の正体を、しいて口にするなら――
「美緒ちゃんさ、」
老けた?
僕がその言葉を口にした瞬間、美緒ちゃんの目が大きく見開かれた。
ぎらぎら光る目の玉が、僕を捕らえて離さない。
え、ちょっと怖いんだけど。
まるでその眼力で人一人殺せそうだ。
「キミさ、失礼極まりないね」
いつもより少し高い声で僕のことをキミ、だなんて呼ぶ。
なんで、“キミ”?
いつもなら馴れ馴れしく“総司”って呼ぶ癖に。
ああ、なんか調子狂うな。
「そりゃ美緒に比べたら若くないかもしれないけど」
ていうか、娘より若く見られる母親ってどうなの?ダメでしょ、それ。
早口でまくし立てながら唇を突き出す。
だからいい歳してそんな子供っぽい仕草は似合わな――え?
目の前の“美緒ちゃん”の言葉の意味が、頭の中に到達して僕の思考を止めた。
え?え?
娘?
母親?
どういうこと?
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