090 生活指導▼side:美緒
「……も、いい」
はああ、とこれみよがしに大きなため息を吐く。
ため息を吐かれた当の本人はそう?なんてわざとらしく微笑んで見せる。
本当、腹立たしい奴。
病人は大人しく寝てやがれ、だなんて思いながらぐいと肩を押さえてやれば、思ったよりも簡単にその上体は床の上へと転がった。
余りの呆気なさに、勢いを殺ぎ切れず私まで総司の上にまろび落ちる。
「大胆だね」
僕を押し倒してどうするつもり?
可笑しそうな色を滲ませて揶揄する声に慌てて起き上がる。
ああ、もう。
口では勝てないって分かっているから、歯噛みしながら手荒くその顔に枕を押し付けた。
ぎりぎりぎり、と顔を塞ぐ枕を押さえる手に力を籠めるけれど、流石にそこはさっさと押し返されてしまった。
ぶちぶちと私の暴挙に文句を垂れ流す総司を無視して、傍の机から一枚の紙を取り上げる。
そしてそのまま、目の前に無言で突き出してやった。
「あげる」
草書なら読めるんでしょ。
以前、こちらの文字は角々としていて読み辛いとこぼしていたような気がする。
だから、結構頑張って調べたんだ。
昔の人が読める字体の事。
そんなお節介な数日前の自分に腹が立つ。
こんな奴にそこまでしてやることないじゃないか。
ああ、ほんと憎ったらしい。
しばらく黙って紙を眺めていた総司が、ふとこちらに視線を寄越した。
布団の上で立てた膝に顎を乗せて、何か言いたげにじっとこちらを見つめてくる。
どうせ碌な事言わないんだろうけど、と半ば諦めながら言葉を促す。
「何」
「君って、意外に達筆なんだね」
「……パソコンのフォントだから」
ふぉんと?
横文字に弱い武士はことんと首を傾げる。
説明が面倒だ、なんて思いながらのっそりとパソコンを指差す。
「文字を打ち込んで印刷すれば――って言っても分かんないか」
うーん、なんて言えば伝わるのかな。
ああ、そうだ。
「まぁ、判子みたいな機能があるんだよ」
なんてざっくり言えば、分かるような分からないようなという表情が返ってきた。
少し考えてから、「良く分からないけれど、これは美緒ちゃんの字じゃないんだね」という彼なりの理解が返ってきたからまあ良しとしよう。
「うん。ていうか、それはどうでもいいからちょっとそれに目を通しなさい」
まるで学校の先生になったみたいな口調でそう指示する。
人の言いなりになるのは好きじゃないんだけど、なんてぼやきながらも、総司は大人しく字面を追う。
「……なにこれ」
一通り目を通してから、あろうことか、奴は紙を放り出した。
「あ、ちょっと人が苦労して作ったものを!」
「口にタコが出来たからって、書面でもお説教だなんて嫌になっちゃうな」
「あんたねぇ……」
放り出された可哀想な紙を拾い上げて、私も再びそれに目を通す。
これは所謂、生活指導書だ。
お酒を飲んじゃダメだとか、睡眠をしっかり取れだとか、そういう。
色んなところから情報を集めて、これ作るのに結構頑張ったんだけど――まぁ、総司が素直に従わないのは予想の範囲内。
でも、何がなんでもこちらに従わざるを得ないのよ、あんたは。
そんなことを内心で呟きながら、うっそりと笑んで見せた。
「早くその咳を治したいんじゃなかったの?」
だったら以降はこの指示書の内容を厳守してもらいます。
まるで死刑宣告のように、芝居がかった声音でそう言い放ってやった。
さぁ、反撃開始といきましょうか。
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