085 変わってゆくこと▽side:総司
「総司」
いいのかよ、こんなとこでぼーっとしてて。
微かに咎めるような色を滲ませて掛けられた言葉を無視して、中空に浮かぶ望月を見上げる。
天に突き刺さるような背の高い建物に遮られることのない広々とした空と、その中をぷかぷかと泳ぐ円い月。
久しく見ていなかったそれを眺めるのは、なんだか少し不思議な気分だった。
(今夜は満月なのに、どうして僕はここに居るの?)
見上げる月を、するりと長い髪が分断する。
「おーい、寝てねぇよな?」
「起きてるよ。ちょっと無視してみただけ」
「いやいや、そんな気軽に言うことじゃねぇって」
ひっでぇの、なんて言う拗ねた声と同時に、僕の上へまだ微かに体温の残る隊服が降って来る。
視界からは望月が消え、代わりに浅葱色に染まった。
ああ、そういえば今夜は八番組が夜番だったっけ。
こんな明るい夜は悪だくみには不向きだ。
これといった出来事もなくて、さっさと巡察から引き揚げてきたんだろう。
それにしても――
「なにこれ、温い」
「今の今まで着てたんだから仕方ねーだろ!」
「それに平助くさい」
「ま、まじで!?」
最近洗ったばっかなんだけどな、なんて言いながら平助は慌てて僕の頭にひっかけた隊服に鼻を寄せる。
すんすんと鼻を鳴らしながら自分の隊服の匂いを嗅いでいる姿は酷く滑稽で、思わず喉から微かな笑いが漏れた。
「そういう意味じゃないよ」
「へ?」
じゃあどういう意味だよ。
そう問い返す平助は、僕の言う“そういう意味”がよく理解出来ないらしい。
不思議そうに傾げた首の上には、なんだか酸っぱいものを食べた時のような顔がくっついていて、それが余計に笑いを誘う。
ああ、もうダメ。
堪えていたのに、耐えきれなくなって吹き出してしまった。
笑われた当の本人は、訳が分からないといった風情で不服そうだ。
「つーか、こうやって夜中に薄着でふらふらしてるからいつまで経っても風邪治ん……っくし!」
思い出したようにお説教口調に戻ったかと思えば、盛大なくしゃみをぶちまける。
さぶさぶ、だなんて言いながら手足を畳んで僕の隣で丸くなる平助の方が余程薄着なんだけど。
「僕のこと言えないんじゃないの」
隊服を返そうとしたのに、寒くないなんて言って押し返される。
肌が粟立ってるの、バレてないとでも思ってるのかな。
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