084 敵を倒すには▼side:美緒
「史実通りになんて、死なせないから」
そんな、大口を叩いたのはいいけれど、
(何にも知らないんだよな、実際のところ)
労咳――結核。
聞いたことはある。
でもじゃあ一体どういう病気なのかと聞かれると、返答に困ってしまう。
肺炎がひどくなったようなもの?
インフルエンザみたいに伝染性の強いもの?
私たちの日常からかけ離れた過去のもの?
そういう朧なイメージしかなかった。
(よくそんなんであんな大見得が切れたもんだ)
自分に酔っていたというか、なんというか。
取り敢えずまぁ、この時代では不治の病じゃないってのは確かな筈だから調べてみればいい。
敵を倒すには、まず敵を知ることから。
インターネットの検索窓に“結核”と打ち込んで、実行キーを押しこんだ。
検索結果が出る数秒を待つ間に、窓の外へと目をやる。
さらさらと細かな雨が硝子を濡らしていた。
厚い雲に遮られて、月の光は届かない。
今夜はきっと、総司は来ない。
調べ物をするにはもってこいだった。
満月の夜は、いつも早めに帰れるよう調節している。
流石に一晩中起きて次の日仕事、はキツいからね。
早めに帰って、少し仮眠を取る。
けれど、総司が来ないなら、仮眠を取る必要もない。
なんだかんだと日常のあれこれに追われて調べそびれていたから、ちょうどいい機会だった。
(敵を倒すには、まず敵を知ることから、ね)
パソコンの画面に目を戻せば、文字の羅列がずらずらと表示されていた。
疾患の概要や治療法、歴史なんかを記載したサイトが列をなす。
思ったよりも平易な言葉で書かれたページが多い。
手当たり次第にサイトを開いては読んでいった。
かちり、かちり。
マウスを扱う音が、静かな雨音に混じる。
大体どこも書いていることは同じ。
原因、症状、治療法。
けれど、症状の進行や治療の適用条件なんかは、サイトによって少しずつ違った。
かちり、かちり。
一体どれが正確な情報なのか。
私の知識では判断できないから、ひたすらに文字を頭の中に叩きこんで、統計を出す。
目がチカチカし始めるまでディスプレイに張り付いて、ようやく出した結論は、治療に時間がかかるってことと意外にも現代に根強く残っている病気だってことだった。
(さて、どうしたものか)
思ったよりも甘っちょろいものではないらしい。
“かつては栄養状態が悪く、病気が蔓延した”と、そういう記述を見て、それならここに来る度、栄養価の高い物を食べさせればいいじゃないかと思ったけれど、そんな楽観視も、先を読み進めることで潰えた。
治療には薬物療法が必要だと、それはどのページでも共通項だった。
イソニアジド、ピラジナミド、リファンピシン……聞いたこともないような薬名がずらずらと並んでいる。
ひとつひとつの単語を検索に掛けるけれど、今度は見慣れない単語満載のサイトばかりで頭が読むことを拒否した。
それでも四苦八苦しながらそれらを読み進めて、入手方法を探す。
手軽に手に入るもの?
診察を受けなくても飲むことは出来る?
けれど、なかなか答えは見つからない。
“処方された”という記述はあっても、“ドラッグストアで購入した”なんていう記述はない。
網膜がディスプレイの光に焼かれ、頭の芯がズキズキと疼き始める。
血行の悪くなった肩が張って痛む。
それでも、私はマウスから手を離さなかった。
答えはすぐそこにある。
早く見つけたくて仕方がなかった。
総司は大丈夫だって、これで治せるんだって、そんな安心が欲しかった。
禁忌、副作用、投与量、疫学――
沢山の文字が瞳の上を滑っていく。
治療失敗、再発――
そんな言葉もところどころにちらついた。
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