073 対峙▽side:総司
開け放たれた障子の隙間から淡い月光が差し込むだけの灯りの入っていない部屋に降り立った。
四角く切り取られた青い光が部屋を二つに割る。
総司は、ちょうどその部屋を割る光の中心に立っていた。
青い四角の中に、自分自身の影が映り込む。
そこに佇んだまま、ひっそりとひと気のない部屋を見回す。
ぐるりと見回せば、光に割られた部屋の断片が合わさって闇になる部分――少し開いた押し入れの戸の間に目がいった。
少しだけ見えている布団の間から覘くのは、間違えようもない、あの日置き去りにした清光の柄。
さっさと引っ張り出して、腰に差す。
(やっぱり安物の鈍刀じゃどうもね)
ひと月ぶりの懐かしい重さに、ほっと息を吐いた。
布団の間を雑にまさぐるけれど、脇差の方は見当たらない。
美緒ちゃんが差しているとも思えないし――
訝しげに首を傾げれば、外からなんだか荒っぽい音が漏れ聞こえて来た。
また、がとーしょこらと格闘でもしてるかな。
少し前に目にした惨状を思い出すと、呆れたため息が出た。
けれど、なんだかその音はひどく殺伐としていて、あの日とは少し違う。
そもそも、家全体のまとう雰囲気自体がいつもとどこか違う。
(美緒ちゃんはどこ?)
彼女が部屋に居ないことに強烈な違和感を覚える。
台所へ向かおうと障子戸に手を掛けた瞬間、りりりりり、と甲高い音が先の廊下から聞こえてきた。
自然と足がそちらへ向かう。
すぐに、壁に背中をくっつけるようにして佇んでいる彼女を見つけた。
その腕の中には探していた脇差。
大きく目を見開き、一点を凝視したまま、彼女はそれを指が白くなるまできつく握り締めていた。
極度の緊張状態にあるのか、顔面は蒼白。
ぎし、と僕の足元でも彼女の足元でもない場所で床が軋んだ。
何かを警戒するような重い男の足音が近づいてくるのを耳にして、状況を飲み込んだ。
物盗りか何かか。
彼女から発せられていた高い音が鳴り止んで、男の息遣いまではっきりと耳に届くようになる。
これだけよく通る音を耳にしておきながら、あちらはまだ僕たちの存在に気付いていないらしい。
男がこちらに到達するまで、あと数歩はある。
と、思いつめた顔で刀を鞘から抜き出そうとする美緒ちゃんが目に入ったから、それを阻むように手を伸ばし、取り上げた。
「覚悟のない子に僕の刀を触って欲しくないんだけど」
「そっ……んん!」
叫びかけたその口を掌で覆う。
驚きに見開かれた瞳がこちらを見上げる。
そこには僅かに抗議するような色が浮かんでいた。
なぜ刀を取り上げたのだ、という抗議。
そんなぶるぶる震えている癖に、刀なんて扱える訳ないでしょ。
「君はここに居て」
それだけ言い残して、取り上げた刀を腰に差した。
鯉口を切りながら、ゆっくりと廊下の角を曲がる。
突然現れた僕の姿に面食らったのか、出くわしたひょろりとした男は竦むように立ち止まってこちらを凝視する。
「この家に何の用?」
問いかけにわざと答えなかったのか、それとも答えられなかったのか、男はくっと喉を鳴らしただけで何も言わない。
男の背後の扉から光が漏れていて、ごそごそと何かを漁る音がするから、仲間がまだ居るのだろう。
ひょろりとした男も、仲間に助けを求めるようにちらりちらりと背後に意識をやっている。
どの道、ここじゃ狭くて刀も振るえない。
勝手場まで下がってもらうかな。
ゆっくりと唇に三日月を刻むと、更に一歩、男に歩み寄った。
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