005 戻ってきた男▼side:美緒
それから暫くは、例の若い強盗が再び現れることもなくて、すっかり平穏無事を取り戻した日常がただだらっと過ぎていくばかりだった。
日常に埋没して、あの日の出来事は全くの夢だった様な気がしてくる。
その日の夜、久しぶりに大学時代の友人達と集まった私は、プチ同窓会なんていいながらチェーンの居酒屋へ飲みに行った。
社会人にもなってもまだ、学生の頃散々通った安居酒屋に行く自分達が可笑しい。
甲斐性がない、なんて笑いながら浴びるようにアルコールを掻っ喰らった。
「美緒はそんなんだから男ができないんだよ」
ビールのジョッキをどん、と机に下ろした私を見て、亜矢が呆れたように茶々を入れる。
「そんなってどんなよ?」
あああ、私の悪い癖だ。
親しさに甘えて酔っ払うと亜矢に絡む。
「男前過ぎるって言ってんの」
「美緒、男の子に生まれればよかったのにね。そしたらあたし、美緒と結婚したのに!」
半ば真顔で友梨が立候補する。
それに続いて、何人かが我も我もと手を挙げた。
「やだ、これが所謂モテキってやつ?!」
「同性にモテてどうすんの」
亜矢が苦笑する。
そりゃそうか。
「ていうか、友梨はイケメン外科医っていう優良物件と結婚したんだから、私なんか要らないじゃん!」
そう指摘してやると、友梨はグラスに口をつけたまま、でへへと笑った。
ノロケか、このやろう。
「おにーさん、生もう一杯大盛りでお願いね!」
ええい自棄だ、とばかりに通りがかりの店員さんにお代わりを注文した。
終電ギリギリに解散した時には随分と酔っ払っていた。
空っぽになった頭を抱えて、のほほんといい気分で夜道を歩く。
頭上高く昇った月がてらりと円い。
頬を撫でる夜風はまだまだ冷たかったけれど、道路沿いの梅の木は、膨らみ始めた小さな蕾を闇の中に浮かび上がらせていた。
「ただーいま」
がらがらと音を立てる引き戸を引いて家の中に声をかける。
当然、誰の返事もないんだから静かなものだ。
ああ、昔はこんな時間に帰ってこようものならばあちゃんに懇々とお説教されたっけ。
眠い目を擦りながら聞くお説教は拷問に近かった。
こくりと舟を漕ごうものなら、突き合わせた膝を薄い掌でぴしゃりとやられる。
それを合図に延長戦の開始だ。
あああ、懐かしい。
「ばーちゃん、ただいまぁ」
過去に戻ったような気分で自室の障子を開け、もうほとんど開いていない瞳で仏壇を見た。
そこに祖母が座っていて、「女の子がこんな時間まで!」と目を三角に尖らせる姿を想像しながら。
「あれ?」
大きな仏壇には蝋燭と線香があがっていた。
火立が一対。
なくなった筈のそれが戻ってきていた。
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