054 ガトー“炭”ショコラ▼side:美緒
絶望的だった。
なんだこれ。
なんでこんな焦げ臭いんだ。
なんでこんなもうもうと煙が上がってるんだ。
なんでこんな――
私は、オーブンの中をただ呆然を眺めるしかなかった。
ミトンをして、未だに煙をあげる炭と化したガトーショコラを取り出す。
型から出して、この為だけに買ったケーキクーラーの上に置く。
うん、見事に真っ黒だった。
見事な炭だった。
バーベキューでもすれば、いい火種になるだろう。
でも、これは本来ケーキであるべきものなのに。
全然簡単じゃないし。
説明書通りに作ったのになんで黒焦げになるんだ。
悔しいから端をつまんで味見しようとした。
もしかしたら見た目は焦げているけれど、そういう仕様で、本当は成功しているかもしれない。
そんな最後の希望が捨てきれなかったから。
固くて黒い欠片を齧った。
がりっとケーキではない何かを噛み砕いた時の音がする。
「ちょ、ホントなにやってるの」
駆け寄って来た総司に手の中のケーキを奪われる。
「幾ら美緒ちゃんが食いしん坊だからって、炭まで食べるのはよくないよ」
「……炭?」
ゆっくりと総司を振り返る。
頭ひとつ分高い位置にあるその顔が引きつっていた。
なによ、なんで幽霊でも見るような顔で私のこと見るのよ。
それにね、
「これは炭じゃありませんー!ケーキなんですー!」
ぼりっと固いガトーショコラを折り取って、無理矢理総司の口に突っ込む。
「ちょっと、何。やめ……いった!」
余りに固いガトーショコラを、ぎゅうぎゅう押しつけたものだから総司の唇が切れた。
顔をしかめながら、私の手の中の凶器を取り上げる総司の目は珍しく怒っている。
「炭、口の中に突っ込んでくるとかどういうつもり?」
だからケーキだっつの。
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