040 懐柔▼side:美緒
昇って来る月を見ながら、ずっしり心の中が重かった。
多分、きっともうすぐ総司は現れる。
池田屋のことと言い、この前のことと言い、最近あいつの地雷を踏みまくってるから、次は何をして怒らすのかと不安で仕方なかった。
(人付き合いってこんなに難しかったっけ)
これまでさほど人を嫌うことなく、人に嫌われることなく生きてこれたと思う。
けれど、彼だけはどうも常識が通用しない。
このままじゃいつか大地雷を踏んで嫌われてしまうかもね。
そんな思いを抱きながら自嘲的に笑った。
「こんばんは」
空っぽな笑い声に重なるように響いた総司の声。
ああ、来たか。
そうは思ったけれど、目を合わせるのが気まずくて、私はあからさまに目を逸らした。
何やってんだか、子供じゃあるまいし。
ほんの少し視線を戻すと、ぺたぺたと歩み寄って来る素足が視界に入った。
かと思うと、大きな掌がそれを遮り、顎を掴まれる。
ぎりぎりぎりと容赦なく顔を上げさせられ、強制的に目が合わされた。
「どうして目を逸らすの?やましいことがあるの?」
そう言った総司の目は、あの日みたいに殺気立っていなくて、むしろ、どちらかというと、いつものキラキラした悪戯小僧の目だった。
「……いひゃい」
「え、なに?」
「いひゃいってば」
「ああ、痛かった?ごめんね」
頬を潰されて突き出した唇で文句を言うと、総司は可笑しそうに笑った。
ええ、ええ、どうせ笑われるようなブスでしょうよ。
誰のせいだよ。
その手を放してくれたらもうちょっとまともな顔だろうがよ。
おっといけない、また口が悪くなった。
「君は僕に敵意がないことを誓うって、そう言ったよね?」
悪戯の続きを口ずさむように、さらりとこの前の話題を出す。
その目の中の表情は曖昧で、読み取れない。
「それを僕が素直に信じられるだけの情報がないと思うんだ」
だから、もっと色んな事を知ってから判断しても遅くないでしょ?
総司の言葉に耳を疑った。
それは、都合よく解釈すれば、もっとこの時代を知りたい、という歩み寄りの言葉なんじゃないだろうか。
実際、「手始めにもう一度あの車に乗せてよ」なんて言いながら笑ってる。
笑いながら、服を――
「いや、ちょっと待て」
何故服を脱ぐ。
おもむろに帯を解き始めたから驚いた。
だって、外に出るには着替えが必要でしょ?なんてキラキラの笑顔。
ああ、うん、他意がないことは分かった。
分かったけどね。
一応男と女です。
その辺は配慮して欲しいな、と思うのですが。
ええ、ええ、どうせあんたにとって私は単なる行き遅れのおあばちゃんで、別におあばちゃんの前で肌晒そうが何しようが全然気にしませんよって感じなんしょうけど、でも嫁入り前の女子として、堂々と目の前で裸になられるのはちょっと困る。
いや、だいぶ困る。
お嫁に行けなくなったらどうしてくれんだ!
70/194