望月の訪問者 | ナノ

038 お家に帰ろう


▼side:美緒



「その状態のあんたを外に連れてくのは無理そうだね」



ゆっくりと目を開くと、相変らずすぐ近くに敵意の籠った翡翠色の瞳。

警戒している野生動物みたいに隙一つ見せずにこちらを見下ろしている。

それでも、その敵意のずっと奥に、微かに怯えた色が見えた。

そうだよね、こんな得体の知れない場所に閉じ込められて怖かったんだよね。

少し、申し訳なくなる。

こんな状況で、びっくりするぐらい私は冷静だった。

まるで、車の外から他人事みたいにそれを眺めている感じ。

冷静で、奇妙な感覚。

今のこいつなら、私の首に指を巡らせて息を止めることくらい動作なくやってのけそうだった。

それでも、私の中にはどこか余裕があった。

総司が、刀みたいな殺傷能力のあるものを持っていなかったからかもしれない。

自分が絞め殺されるなんて、簡単に想像出来なかっただけかも。

或いは慣れてしまったか。

総司の敵意のこもった眼差しに晒されることはこれ迄にも少なくなかったから。

これ程までにピリピリしてる姿は初めてだけど。

ああ、後ろ手に回された腕に上手く血が巡っていないみたい。

冷たくなった指先が、じんじんと痺れ始めた。



「手、放してくれないかな」



私の言葉に総司は変な顔をする。

訝しむような、疑うような、恐れるような表情。



「家に帰って、あんたが服を着替えて、刀を差して、その状態で落ち着いて話をしよう?悪くない提案だと思うんだけど」



「……そう言って、また僕を閉じ込めたままどこかへ連れていくつもり?」



ああ、そう。

面倒臭いな。

疑心暗鬼になっている彼に、今は何を言っても通じなさそうだ。



「じゃあ、車の外に落ちているキーを拾って、あんたに渡すわ。車を施錠・解錠するキーをあんたが持っていれば、私を閉じ込めることも出来るし、あんたが降りたい時にドアを開けて降りることも出来る。それでいいでしょ?」



家までの道中、全て総司の言葉に従う、という約束を追加して、どうにか彼の腕の中から解放される。

ゆっくりとした動作で、車の外に落とされたキーを拾い上げ、総司の手に乗せる。

妙な方向に曲げられた関節を動かすと、鈍い痛みと共にきしきしと悲鳴を上げた。

矯めつ眇めつキーを眺めている彼に解錠と施錠の仕方を教えて、何度か試してみせる。

勿論、この車だってほかの車と同じように中からならキーなしでも解錠できるけれど、余計なことは言わない方が身の為だと判断した。

そもそも何の為にこんな時間に慣れない車を運転して、こんなところまで来たかって、落書きされた色紙に貼り付ける証拠隠滅の為のシールが欲しかっただけな訳なんだけど、こればっかりは諦めるしかない。

まあ、どうにでもなるだろう。

取り敢えずは家に帰ることが先決。

着替える時に刀を手放すことを随分嫌がっていたから、元の格好に落ち着けばもうちょっとまともな話が出来るかもしれない。

シートベルトだけはちゃんとつけてくれるよう頼み、総司が姿勢よくシートの中に収まったのを確認してから、私はゆっくりと車を発進させた。


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