029 夕焼け空▽side:総司
会津藩からの要請で出陣することになった屯所内は慌ただしい。
行き交う足音を聞きながら、僕はのんびりと中庭で夕焼けを眺めていた。
淡い青から橙、紅――刻々と色を変えていく夏空は僕を飽きさせない。
東の山の端は薄く宵闇色に染まり始めて、夜の到来を知らせる。
今夜は満月。
身体もまだ本調子じゃないし、行軍の最中に僕が消えたら、きっと隊内は大騒ぎになる。
だからこれでよかったかな、と、何となくそう思った。
ふと人の気配を感じて振り返ると、少し向こうで沢山の晒を抱えた千鶴ちゃんが僕と同じように空を見上げていた。
立ち上がって彼女の方へと歩み寄ってみたけれど、じっと燃える空を眺める彼女は僕に気付かない。
ぐっと伸びをして深呼吸した彼女がこちらを振り向き――固まった。
「空、綺麗だよね」
「……はい」
僕の言葉に素直に頷いたけれど、まだ何か言いたそうにもじもじしている。
黙ったまま微笑を浮かべてそれを待っていると、複雑そうな表情で彼女は口を開いた。
「……体調が万全じゃない時に、あまり身体を風に当てるのは良くないですよ?」
ああ、そういうことか。
合点がいって、僕は小さく頷く。
「心配してくれるんだ?ありがと。でも君、出陣の準備の途中だったんじゃないの?」
そう声を掛けた僕に、彼女は慌てる。
山崎さんが、なんて言いながらキョロキョロする姿が、猫を警戒する鼠みたいで可笑しい。
君ってほんと、変な子だよね。
こんな時に、時間を忘れてぼんやり空を眺められるなんてかなりの大物だと思う。
なのに、僕たちの言葉で急におどおどしたり、しょんぼりしたり。
そのちぐはぐさが可笑しくて、ついつい苛めたくなるって、自覚してる?
あわあわしながら、失礼します、なんて叫ぶように言い残した彼女は、危なっかしい足取りで屯所の中へ戻って行った。
猫に叱られないといいね、鼠さん。
そんなことを考えながら、悠々と手を振り見送る僕の懐で、かさりと紙が擦れる音がする。
何にでも効くから飲んでおけ、と土方さんに渡された石田散薬だった。
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