怒りに任せて荒い呼吸を繰り返していたら、ようやく咳が治まってきた。
美緒ちゃんはそんな僕を見て、泣きそうな顔。
ねぇ、どうしてそんな顔をするの。
何だか、僕が悪者みたいじゃない。
(悪いのは僕――か)
苛々して彼女に八つ当たりした。
あーあ、ほんとにつまんないの。
小さく嘆息する。
「悪いんだけど、水もらえるかな」
そう言うと、彼女は少しこわばった顔で頷いた。
こっち、と小さく囁いて先に歩き出す。
その後に続いたら、しばらく行ってから心配そうにこちらを振り返った。
僕と目が合って、一瞬驚いたような顔をしたけれど、何も言わずにまた前を見て歩き始める。
それほど長くない廊下を歩きながら、彼女は何度も振り返った。
――一体、何を心配しているの?
彼女に案内されたのは、勝手場だった。
「水道の使い方、分かる?」
彼女の指し示した所には壁から地面に向かってぐにゃりと曲げられた細い筒状の銀色の金具。
その上部には真ん中に青い円をくっつけた丸っこい三本の小さな手。
首を横に振って、分からないという意思表示をすると、彼女はそっとその小さな手を捻った。
きゅっと何かが擦れる音がして、筒の先からさらさらと水が流れ落ちる。
そっとそれに手を伸ばして、紅に染まった手を洗い、腕に伝った分も綺麗に流した。
それから、とめどない水の流れを両手ですくって、口に持っていく。
甘い、円い味のする水が美味しかった。
口から吐き出した汚れた水は思った以上に赤くて――またぞろ怒りが込み上げてくる。
その怒りを冷やすように、慌ててもう一度冷たい水で口を濯いだ。
彼女がやって見せたように、小さな手を捻ると、水はもっと勢いよく流れ始めた。
「逆、逆っ!」
慌てて彼女が反対方向に捻る。
この小さな手が水の出てくる量を調整しているのか。
ちょっと面白くなって何度も水を出しては止め、を繰り返していたら「無駄遣いしないの」と叱られた。
手渡された毛羽立った布で手を顔を拭うと、彼女が先に立って歩き始めたから後に続いた。
さっきの部屋に戻る。
畳には液体になった‘すいかばー’が円く広がり、その上をぷかぷかと茶色い種が浮かんでいた。
あーあ、放り出していっちゃったんだ。
まるで他人事みたいに眺めていたら、無言で美緒ちゃんがそれを片付けた。
畳には赤い染みが残っている。
「入ってきなよ」
そう言われて、いつまでも廊下に突っ立っていたことに気づく。
僕が部屋に入って障子戸を閉めたのを目で確認してから、彼女は言いにくそうに口を開いた。
「――病気?」
ぽつりと発した曖昧なひと言。
それに僕は笑顔を作ってみせる。
「怪我。池田屋でちょっとね」
「池田屋?」
聞き慣れない言葉なのか、彼女は不思議そうに首を傾げていたけれど、それ以上説明してあげるつもりはなかった。
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