「これはスイカバーという冷たいお菓子です。柔らかい氷の塊だと理解して頂かれば結構ですが他に何かご質問などありますでしょうか?」
営業用スマイルで懇切丁寧に説明してみた。
これだけやったら文句も言えないだろう。
「ねぇ、それバカにしてるの?」
もうなんだ、アレだ。
この人無理だ。
何言っても今日はもうご機嫌を損ねるしかないんだ。
「バカになんかしていません」
「ふうん。僕も食べてみたいな」
え、何それ。
不意打ちの上目遣いとかやばいんだけど。
可愛すぎるんだけど。
ていうか、機嫌直ったの?
気分屋なの?
ねぇ、気分屋なの?
キュンとするんだけど。
「ねぇ――溶けてるけどいいの、それ」
「ぎゃっ」
慌ててティッシュで液体になったスイカバーを受け止める。
「あーあ、勿体無い」なんて言う言葉には棘がいっぱい含まれていて、やっぱり今日の権兵衛(仮)はご機嫌斜めで固定らしい。
さっき一瞬見せた可愛い表情は何だったんだ。
ときめきを返せ。
「ちょっと待ってて、あんたの分取って来るから」
慌てて溶けかけのスイカバーを口に咥えて泣く泣く台所に向かう。
ああ、最後の一本――
そんな私の背中を激しい咳が追いかけてきた。
尋常じゃない咳き込み方に慌てて振り返る。
片膝を床につけた姿勢で権兵衛(仮)は辛そうに顔を歪めていた。
口元を押さえた手から一本、細い赤い筋が腕を伝った。
「ちょ、大丈――」
「触らないで!」
慌てて駆け寄って背中に手を伸ばしたら、思いっきり拒絶された。
払い除けられた手がじんじん痛む。
なにこれ。
バカみたいに突っ立ったまま、苦しそうに丸められた背中を眺めていた。
ようやく治まり始めた咳に、小さく安堵する。
青い顔で立ち上がった権兵衛(仮)が、こちらを振り返る。
口の端にこびりついた血が痛々しい。
「悪いんだけど、水もらえるかな」
手と口の中、濯ぎたいんだけど。
掠れた声に「こっち」とだけ言って先に歩き始める。
少し歩いてから足音がしないから振り返ると、権兵衛(仮)はちゃんとついて来ていた。
ぎしぎし鳴る古い廊下を足音も立てずに歩くだなんて幽霊か、あんたは!
そう突っ込みたかったけど、そんな雰囲気じゃない。
無言のまま私たちは廊下を進んだ。
42/194