024 池田屋事件▽side:総司
上段から振り下ろされた攻撃を手にした刀で受け止める。
「……くっ」
余りにも重いそれを受け流しきれず、僅かに体勢が崩れた。
その一瞬の隙にそいつの足が胸元に捻じ込まれる。
身体の芯を軋ませる衝撃に吹き飛ばされ、床を転がった。
左手を床につけて身体を支える。
むっと強い血の匂いが体内からせり上がってきたのに気付いた瞬間、口の中に濃い鉄の味が広がった。
「沖田さんっ!!」
耳に入って来る、悲鳴に似た叫び声。
この場に似つかわしくない、女の子の高い声。
駆け寄って来たそれが、微かに震える熱い小さな手でしっかりと僕の着物の背中を握るのが分かった。
けれど、その姿は確認できない。
空気はとっくに全部吐き出してしまっていたのに、身体は傷ついた肺の奥からまだ何かを絞り出そうとして咳き込む。
ぼやけた視界がなかなか上手く焦点を結ばなかった。
「……おまえも邪魔立てする気か?俺の相手をすると言うのなら受けて立つが」
そんな声が意識の片隅に滑り込んできた。
背中の手がピクリと小さく反応する。
まるで、覚悟を決めるかの様に背中を握る手にぎゅっと力が籠った瞬間、僕は反射的に立ち上がって一歩前に出ていた。
小さな両手が、泣きそうな声で何事かを叫びながら僕の袖を強く引く。
「……あんたの相手は僕だよね?この子には手を出さないでくれるかな」
す、と目を細め――そして、そいつはせせら笑う。
おまえなど折れた刀と同じだ。
蔑むような瞳がそう言っていた。
折れた刀では戦うことは出来ない。
そう、言っていた。
頭の中で何かが爆ぜる。
全身の血が沸騰し、どくどくと心の臓が強く脈打つ。
僕は役立たずなんかじゃない!
血の塊を押しのけて喉から飛び出した咆哮が空気を震わせた。
軋み、悲鳴をあげる身体に焦れながら、ぎりぎりと足に力を込める。
跳躍の為に後ろに引いた足が床を踏みしめた。
それを見ていたのに、目の前の男は緩慢な癖に隙のない動作で刀を鞘に収める。
既に用は済んでいた、と。
ゆったりとした物言いでそう言い残して壊れかけた窓から姿を消す。
まるで、見逃してやるとでも言わんばかりのその行動に、ぎりっと奥歯が鳴った。
僕は――まだ戦えるのに。
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