023 おかえりなさい▽side:総司
「ただいま」
慣れっこになった轟音が消えて、馴染んだ空間に戻って来た気安さについ口からそんな言葉が漏れた。
京に上ってからもうとうの昔に一年が過ぎていた。
好きになれなかった京言葉も、物足りなく感じた西国の味付けも、眉をひそめずに飲み下せる程には馴染んでいた。
(そして、いつの間にかここを帰ってくるべき場所だと思っている)
単なる浪人の寄せ集めだったこの場所は、新選組という名を与えられ、人斬り集団と恐れられる程にまでなった。
最近、会津藩邸に出向くことの多くなった近藤さんとはもう何日顔を合わせていないだろう。
近藤さんの役に立ちたくてここまでやって来た筈なのに、あの人と一緒にいられる時間が日に日に短くなっていて、小さな不安や不満が心のずっと奥底にうずくまっていた。
だから、次に近藤さんがいつ屯所に戻って来るかなんて話を源さんに聞かせてもらってからは、久しぶりに心穏やかに毎日を過ごせた。
近藤さんが戻って来る日までを指折り数えながら、
土方さんの部屋に忍び込んでこっそり墨と羊羹を交換したり、
土方さんの部屋に忍び込んでありったけの着物を洗濯してあげたり、
土方さんの部屋に忍び込んでこっそり豊玉発句集を書き写したり、
あまつさえもその書き写した半紙を屯所内に貼り出してみたり、
土方さん宛に届いた恋文の差出人を片っ端から新入隊士の名前に書き換えてみたり。
そうこうしていたら、毎日はあっという間に過ぎて行った。
美緒ちゃんのところへ行って、帰ってきたら近藤さんに会える!
そう思うと、美緒ちゃんのことすら恋しいような気がしてきた。
次第に膨らんで行く月を眺め、遂に満月の夜が来て、そして今帰って来た。
まだ、屯所の中は静かに眠っている。
ああ、一くんならもう道場で瞑想を始めているかもね。
夜着から平服に着替えて、ぴんと襟元を整える。
床に並べていた大小を帯に差した頃、玄関が騒がしくなった。
急いで部屋を出る。
「おお、総司か。はやいな」
何人かの隊士の間から出迎えた僕の顔を見つけて、近藤さんは大きな笑顔を零した。
つられて自然と顔が綻ぶ。
「しばらく見ない内にまたでかくなったなぁ」
そう言って僕の頭を撫でる大きくて厚い手は昔から変わらない。
でもね、違うよ、近藤さん。
もう何年も前に僕の背は伸びなくなったんだ。
僕ももう、大人になった。
そう思いながら、否定の言葉は口にしない。
近藤さんの言う“でかくなった”には、背丈だけじゃない、他の沢山のものが含まれていることを僕は知っているから。
美緒ちゃんで予行演習したのと同じように、草鞋を脱ごうとした近藤さんの手から荷物を取り上げた。
「おお、すまんな」
近藤さんの笑みがまた一段と大きくなる。
そう、僕はこの笑顔が大好きなんだ。
「おかえりなさい、近藤さん」
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