019 砂糖▽side:総司
あんまりからかい過ぎるのも可哀そうだから程ほどでやめにした。
隣で頬を膨らませたまま、美緒ちゃんは大人しくかりんとうをかじっている。
青白い月の光に浮かび上がる横顔は、淡く発光していてこの世のものじゃないみたいだ。
天女、なんて言ったら言い過ぎかな。
この口の悪いじゃじゃ馬が天女だったら、羽衣を見つけた狩人も辟易するだろう。
(器量だって悪くないんだし、黙ってさえいれば嫁の貰い手もあるだろうに)
そんなことを考えながら少し冷めた葛湯を口元に持っていく。
ところどころに粉っぽい塊が浮かぶそれは、口に入れた瞬間、目を見張る程の甘みで僕の舌を優しく包んだ。
「美緒ちゃん、お砂糖足してくれたの」
口いっぱいにかりんとうを頬張って喋れない彼女はもぐもぐしながら頷いた。
それを見て、ほんの少し申し訳ない気持ちになる。
ここにやって来てから、美緒ちゃんの家族は誰一人として見掛けたことがない。
第一、この大きな屋敷の中に僕たち以外の人間の気配がなかった。
戦か、病か、天災か――多分、この子は天涯孤独の身なんだろう。
仏壇に置かれたひとつだけではない位牌が、そんな推測を裏付けているかのようだった。
そんな子が、花街に入るでもなく、親戚うちのどこかに養子に入るでもなく、細腕一本で身を立てている。
必死で稼いだ僅かばかりの給金から買った砂糖を、どこの誰とも知れない、けれどもう随分馴染みになった珍客に惜しげもなく出してやる。
泣かせる話じゃないか――
と、新八さんなら目を潤ませながらそう言うかもね。
近藤さんだったらきっともう泣いてるだろう。
あの人は優しいから。
僕は別に興味ないし、これといった感動もない。
彼女も僕に同情してもらいたい訳じゃないだろうし。
むしろ、同情されただなんて分かったら怒りそう。
うん、なら余計な感情は持たずにありがたく滅多と味わえない甘味を楽しませて貰うことにしよう。
心地よい皐月の風に撫でられながら、ゆっくりと葛湯の優しい風味を味わう。
隣で彼女も嬉しそうに湯飲みを口にしていた。
うん、別に彼女は不幸なんかじゃない。
だったらやっぱり、可哀想になんて言葉は似つかわしくない。
とろりとした最後の一口を飲み干して、何となく僕は満足だった。
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