017 僕の恩返し▽side:総司
「おまちどうさま」
縁側に並べた二つの座布団の一方に腰かけて、真上に浮かんでいる十五夜の月を眺めていたら、言葉の端々に棘が見え隠れする美緒ちゃんが戻って来た。
大人げないって言ったの、まだ根に持ってるのかな。
それでも、さっきよりも幾らか機嫌のよくなったすまし顔は、僕の隣にしゃがんで手に持ったお盆を二つの座布団の間に置いた。
「わ、ダマだらけ」
思わずそう呟いたら美緒ちゃんはぷいとそっぽを向く。
「だ、だって、葛湯なんて作るの初めてだったんだもん」
耳が少し赤く見えるのは、怒っているからじゃなくて照れているから。
そんな気がした。
へぇ、意外に女の子らしいところもあるんだ。
初めて言葉を交わした時は、掴みどころがなくて何事にも動じないおかしな子だと思ったけれど、これで意外と素直なのかもしれない。
少々天の邪鬼すぎる素直さだけれども。
「ふうん。もうちょっと頑張らないといつまで経ってもお嫁に行けないよ」
「うっさいわね、大きなお世話!」
「まぁいいや、初葛湯はぎりぎり及第点」
じゃあ、ご褒美にこれあげる。
ここに来る前に屯所の台所で葛湯と一緒にくすねてきたかりんとうをお盆に乗せる。
本当はお団子かなにかを買ってきてあげたかったんだけど、やっぱり、お団子は出来たてを甘味屋の軒先で食べるのが一番だしね。
包み紙をさっさと開けて、彼女より先にひとつつまみ上げて口に放り込んだ。
優しい甘さが口いっぱいに広がる。
もぐもぐと飲み下してから、座布団に座ったまま微動だにしないで食い入るように僕を見つめている美緒ちゃんに気付いた。
なんか、視線が刺さるんだけど。
「あれ?かりんとうは嫌いだった?」
「……好き、だけど。一体何を企んでるの」
ものすごく心外なことを言われた。
「あんたがご褒美だなんて、絶対おかしい。一口食べたら法外なお金請求するとか、そういう魂胆でしょ」
この子は一体どういう目で僕を見ているんだろう。
思わず、苦笑が漏れる。
「お金なんて取らないから、安心して食べなよ」
「でも」
「まぁ、君が食べたくないって言うなら僕が全部食べてもいいんだけどね」
「……理由を言え」
「理由?」
「何の為のかりん糖か、理由を言え」
吐け、吐くんだジョー!などと、美緒ちゃんはよく分からないことを叫んでいる。
ああ、よく分からないのはいつものことか。
「ご褒美って言ったでしょ?」
「でも、私が葛湯入れるの初めてなの、あんた知らなかったじゃん」
ああ、それはそうだね。
「ご褒美なんてただの口実でしょ。何のためにかりんとうなんて持ち出してきた訳」
ほんと、疑り深いって言うかなんて言うか。
素直じゃないよね。
鈍いし。
「恩返しだよ。僕の恩返し」
その言葉にきょとんと彼女は眼を丸める。
勿論、「鶴の恩返しじゃなくて?……余計に怪しいんだけど」なんていう憎まれ口を叩くのは忘れなかった。
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