004 壁から延びる紐▽side:総司
「あ、ちょっと……!」
かくりと意識を手放した彼女の体重に引き摺られるようにして畳に片膝をついた。
反射的にその身体を抱き止めた両手が忌々しい。
首の後ろに腕を回したまま、ぺちぺちと頬を叩いてみた。
起きる気配は全くない。
身体を支える手を離してみようか。
ごとりと畳の上に落ちたら、目を覚ますかも。
ああ、でも起きて騒がれるのも面倒だな。
暫く逡巡してから傍にあった夜具に横たえ、巻き寿司の要領で布団に巻きこんだ。
この子に話を聞くのは後にして、取り敢えずはこの屋敷の中を探索してみよう。
何か縛り上げるものを、と部屋の中を見回したけれど、適当な紐は見つからなかった。
壁際の引き出しの中には面妖な衣類と思しきものしか入っておらず、適当な帯紐なんて一本もない。
どうしたものか、と布団で出来た巻物の隣に胡坐をかいて思案する。
そんな総司の視界の端に壁から生えた細い紐が飛び込んできた。
布や糸の類ではない、ひやりとして滑らかなその紐はそれなりに長さがある。
少し力を込めて引っ張ると、硬質な音を立てて壁から抜け落ちた。
紐の先端には先の丸い金属の針が二本、行儀よく並んでいる。
うん、なかなかに強くていい紐だ。
これは都合がいいかもしれない。
用途の分からない紐を自分の方に手繰り寄せた。
するすると数寸が手元に納まったところで重さを感じた。
どこかに引っかかっているのか、ちょっと引っ張ったくらいじゃびくともしない。
えい、と力任せに引っ張ると、がたんと大きな音を立てて背の高い台の上から四角い塊が落ちてきた。
どうやら紐は、壁とこの塊を繋いでいたらしい。
綴葉装の本に似たそれは、表面に小さな文様が入っているだけであとはつるつるとした光沢があるのみ。
裏面には小さな凹凸が不規則に並んでいた。
ふたつに折り畳まれているだけのようで、開くと、四角く切り取られた黒い鏡の様な面と、平仮名と西洋の文字が書き込まれた親指ほどの小さな駒が並んでいる面が向かい合っている。
「ふぅん、変なの」
畳に障子に仏壇にと屋敷内の大半は見慣れたものの筈なのに、細々とした部分はどうにも不可思議なものが多い。
狐狸の類にでも化かされているかな。
そんなことを考えながら、総司は手早く布団に手にしていた紐を巻き付けた。
あぁ、先端の四角い塊が重くて邪魔だな。
張りのある紐はきつく結ぶには少し難があった。
それ以外にも幾つか発見した壁から延びる紐を片っ端から抜き取って布団を縛り上げた。
(うん、これでいいよね)
一息ついてから、床に転がしておいた火立に手を伸ばす。
屋敷の中を探察しようと立ち上がった瞬間、ぐるりと視界が一転した。
ぐにゃりと視界が融けて、辺りが闇に閉ざされる。
自身の瞼が開いているのか閉じているのかさえ分からぬ程の漆黒。
ただ耳元で轟々と風の通り抜けるような音だけが聞こえた。
激しく天地が入れ替わるような錯覚を覚え、息が詰まる。
無理矢理に肺に溜まった空気を吐き出した途端、轟音は止み、視界が開けた。
白々と明け始めた朝日に染まる殺風景な部屋。
こつり、指先に当たったのは、他でもない総司の大小だった。
見飽きたその風景の中、総司は火立を握り締めて座り込んでいた。
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