022 子供▼side:美緒
あのガキ!クソガキ!エロガキ!
怒りで震える身体を宥めながら、心の中で悪態をつく。
妖しい手つきで人の肌、ベタベタと撫で回しやがって!
更には生意気に雄っぽい声出しやがって!
でも一番腹が立つのは、そんなあいつにちょっとでもどきりと心を動かしてしまった自分だ、どちくしょー!
ぽんぽん汚い言葉が飛び出す。
そして、こんな時に限って背中のファスナーはなかなか思うように釘に引っ掛かってくれない。
あああ、腹の立つ。
苛々しながら柱の前で屈伸運動し続ける様は滑稽以外の何物でもない。
早くかかれ、この野郎。
「……手伝おうか?」
笑いを含んだ声にそう問われて、バッと障子を見遣る。
いつの間にか開け放たれたそれにもたれ掛かるようにして、長躯の男が無駄にニヤついていた。
「……出てけって、言わなかったっけ?」
それとも、新選組の時代の人には、私の日本語が通じないのかな?
低くひきつる声でそう問うてやると、権兵衛(仮)は大袈裟に眉を上げて見せて、心外だなぁ、なんてうそぶいた。
「苦労している美緒ちゃんを手伝ってあげようっていう優しさなのに」
よく言うよ。
両手で広い胸板をぐいぐい押して再び廊下へ追いやる。
「今度開けたら本気で怒るからね!」
私が怒ったところで、こいつは痛くも痒くもないんだろうけど。
約束できる?
そう言って小指を突き出した。
子供みたいなこいつのことだ、子供っぽい約束の仕方をすれば存外に守るかもしれない。
そんな私の思惑とは裏腹に、花街の女じゃあるまいし、なんて言いながら、彼は小指を絡めてくる。
元気よくゆーびきーりげーんまーん、と歌い始めたのは、私じゃなく、あいつ。
「花街の女?」
聞き返すと、針千本飲ますと歌い切った権兵衛(仮)が、見とれるような笑顔でにっこりと微笑んだ。
「知らないの?遊女は好いた男と愛を誓うために指切りするんだ。君の好いた男は僕?あっはは、嫌になっちゃうな」
だれが、好いた、男、だって?
指切った、の状態で固まった私を放っておいて、奴は「早く着替えてね」なんて言い置いてさっさと廊下へと出ていく。
ご丁寧に障子もぴったり閉めていってくれた。
私の思考回路はまだ止まったまま。
ほんと、今日はなんなんだあいつ。
機嫌がいいを通り越してサービス過剰だ。
はた迷惑だ。
一連のやり取りに疲れ果て、着替える気力も失せた。
廊下に向かってもういいよ、と声を掛ける。
意外と早かったね、なんて言いながら部屋に戻ってきた権兵衛(仮)の瞳の中に疑問符が見えるようだった。
「あれ、どうして着替えてないの」
「面倒臭い、疲れた」
「やっぱり僕に脱「ごめんなさい結構です黙って下さい」
「最後まで言わせてよ」
「ろくなこと言わないじゃん」
私の言葉に反論しない。
その顔を盗み見れば、悪戯がバレた時の子供みたいに煌めいていた。
「でもいいの?いつものだらっとした着物に着替えなくて」
「だ、だらっと……?」
聞き捨てならないな。
「そう、だらっとした服。今日のはぱっつりしてて窮屈そうだよ」
ぱっ……つり……
時代は変わっても、服のやる気度の違いは分かるらしい。
女度の低さも。
今度から、女子として、部屋着ももう少しまともな格好をしようと固く決意しました。
それから、もう少し痩せようとも。
――まだ見ぬ、未来の旦那さまの為に。
決して、絶対、あいつの為なんかじゃない。
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