僕がピリピリと格闘している間に、彼女はさっさと筒の中身を空にしてしまったらしい。
言葉にならない言葉で、あーだかう―だか言いながらダラダラしている。
「ちょっと、権兵衛(仮)」
「なにその名前」
「自分で名乗ったんだろが。着替えたいからしばらく外出ててよ」
「ええ。僕はまだこれ飲みかけだし、美緒ちゃんが別の部屋で着替えてきなよ」
「私はこの部屋じゃないと着替えられないの」
「なんで」
「なんででも」
「正当な理由がないのに僕を追い出すの?」
「追い出すなんて人聞きの悪い」
はあ、と彼女はため息を吐いてこちらに背を向ける。
「これ……背中にファスナーがついてるでしょ」
「ふぁすなあ?この、ちっちゃい金具のこと?」
美緒ちゃんのうなじ近くから小さな金具が出ていて、その下に細かい金属の歯が互い違いに噛み合っていた。
「そう、それ。自分じゃ下ろせないからそこの柱にひっかけて上げ下げしてるの」
そう言って美緒ちゃんが指差した柱には、ちょうど腰くらいの高さに釘が打ち込まれている。
「だからこの部屋じゃないと脱ぎ着出来ないの。分かったらささっと出てく」
「上げ下げするだけなんでしょ?僕がやったげるよ」
そう言って彼女のうなじに手を伸ばせば、彼女は飛んで逃げた。
「ちょ、ば、ばっかじゃないの!」
「バカだなんて、ひどいなぁ」
「バカにバカって言って何が悪い!」
「ふうん、そんなこと言っていいんだ?」
「う、うるさい!私を裸にする気か!」
「別に、気にしないよ?興味もないし」
「あああああんたの時代じゃ、興味がなかったら年頃の女を裸にしてもいいのか?!」
年頃じゃなくて行き遅れでしょ、そう言いたかったけれど彼女が尋常じゃなく怒るからやめておいた。
「じゃあ、君たちの時代は興味があったら脱がせてもいい訳?」
言いながら、じりっと彼女との距離を詰める。
同じだけ座ったまま後ずさる美緒ちゃんが可笑しくて、じりじりじり、壁に追い詰める。
その額に指を立てれば、ほら背中と頭を固定されてもう君は立ち上がれない。
彼女の身体が強ばった。
僕はゆっくりと唇に三日月を刻む。
「ね、どうなの?」
そっと耳元で囁きながら、額にあった指を頬から顎へと伝わせて細い喉に爪を立てた。
くるくると円を描くように指を遊ばせると、一々素直に身体を震わせる彼女が可笑しくも可愛らしい。
ふうん、ガサツだと思ってたけど、意外に初心なんだ。
そう思っていいたらぽつり、彼女が何事か囁いた。
「なに?」
こんなに至近距離にいるのに聞き取れなかった。
よく聞こえるように顔を近づけると、急に顔を上げた彼女のおでこが鼻にぶつかる。
わあ、生意気言う子をちょっと苛めてやろうと思っただけなのに、予想外の反撃喰らっちゃったな。
鼻の頭を撫でながら彼女を見遣るとぱちりと目が合った。
双眸は血走り、据わっている。
「……てけ」
「え?」
「でで、出てけーーーーー!!!!」
彼女の絶叫と共に、僕は廊下へと放り出された。
なーんだ、やっぱりガサツなだけだったみたい。
35/194