003 消えた男▼side:美緒
「げ、なにこれ」
目を覚ますと、布団で簀巻きにされていた。
細い障子戸の隙間から洩れてくる光が眩しい。
部屋の中には私一人で、明け方の若い強盗の姿はなかった。
耳を澄ませて、屋敷内の物音を探る。
玄関に置かれた巨大な古時計がかちかち鳴る音以外に何も聞こえてこない。
「……」
布団から抜け出そうと藻掻いてみた。
身体を縛る紐が緩まる気配はない。
布団の中に爪を立て、心太を押し出す要領で身体を上に押し上げる。
紐は解けないように結ばれてはいたけれど、それほどきつく縛っている訳ではないようだった。
力を込めるとほんの少し身体の位置が上にずれる。
強い摩擦で肩がひりひりと痛んだ。
それでも、何度か同じことを繰り返す。
額に軽く汗が浮き始めた頃には、どうにか布団から脱出することができた。
改めて自分の押し込まれていたものを眺め、唖然とする。
私を縛り上げておくために布団にぐるぐる巻きつけられていたのは全部、部屋にあった家電製品のコードだった。
まるで下手糞なミノムシの外套みたいに、布団の彼方此方から電気スタンドやドライヤーが生えている。
子供の悪戯のような様相に小さく吹き出した。
(ああ、ダメだ)
突然の闖入者に恐怖を覚えた。
でも、それはほんの僅かな時間だけだった。
現実離れした甘い声に、恐怖心はどこかへ行ってしまった。
(だって、此方を害そうという雰囲気が全くなかったんだもの)
あれは、完全な脅しだった。
そう考えると、するりと気が緩む。
そんな自分が危険だとは思ったけれど、それでも一度緩んでしまったものはなかなか締まらない。
一応のつもりで部屋の中を検めた。
携帯も財布もなくなっていない。
クローゼットの中を引っ掻き回された形跡もないし、あれが強盗ではなかったのだという確信がより強くなる。
可能な限り足音を忍ばせて屋敷中を見て回ったけれど、どの部屋にも荒らされた形跡はなく、人っ子一人見当たらなかった。
「あれ?」
部屋に戻り、兎に角まぁ落ち着かなきゃと仏壇に線香をあげようとして異変に気がついた。
火立が一本なくなっている。
(さほど価値のあるものだとも思わないのだけれど)
美緒は小首を傾げた。
二本で一組になっている火立の片側だけ盗んでいくだなんてどう考えたっておかしい。
価値があるものなら、嵩張らないし両方持っていくだろう。
手近な方の一本だけがなくなっている。
それはまるで、たまたま持ち去ってしまったかのように思えた。
「取り敢えず、これをどうにかしなきゃ」
小さくそうごちた美緒は、線香に火を灯すと、依然としてぐるぐる巻きのままの布団を電気コードから救出する作業に取り掛かった。
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