望月の訪問者 | ナノ

020 小悪魔を待つ心境


▼side:美緒



今夜が満月だなんてすっかり忘れていた。

引き出物がたっぷり詰まった重たい紙袋を振り回してほろ酔い気分で空を見上げたら、大きな円い月が目に飛び込んできてどきんと胸が跳ねる。

あの憎たらしい新選組隊士は、もう部屋にいるだろうか。

そう思うと、気持ちが急いて自然と足が速くなった。

月に一度まるで幽霊みたいに現れる皮肉屋に、不本意だけれども、親近感を抱き始めている。

羽織の片袖を紅く染めて登場した時には正直驚く以上に恐怖を覚えたけれど、それでも、彼が現れてから、私の一ヶ月は焦れったくも飛ぶように過ぎていくようになった。

腹が立つけれど、認めたくないけれど、それは事実。

満月を待つ気分は、子供の頃、時折ふらっと庭に迷い込んでくる子猫を心待ちにしていた時の気分と似ている。

その子猫は、懐くでもなく、いつだってふてぶてしい顔で餌だけ食べて、そのふわふわした毛並みを撫でようと手を伸ばそうものならさっさと逃げ出した。

それでも、彼女が来るのを心待ちにしていたのは、時折見せる甘えるような仕草が桁外れに愛らしかったからだ。

もし、あれが彼女の処世術だったとしたら、余程の小悪魔だと思う。



(あぁ、小悪魔ね)



なんとも彼――名無権兵衛(仮)に似合う言葉じゃないか。

時折見せる、懐っこい笑顔をまた見たい、私はそう思ってるんだろうか。

そんな不本意な考えに、小さく舌打ちして家に向かう足をほんの少し緩めた。

あああ、忌々しい。

憎ったらしい年下に翻弄されているではないか、私は。

掌にぐいぐい食い込んでくる紙袋の紐を手荒に持ち直すと、中でカシャンと食器がぶつかる音がした。

ああ、そういえば、とその中身に思いを馳せる。

確かこの中に、友人の大好きなお店の焼き菓子を入れてくれたって言ってたっけ。

ブランデーをたっぷり染み込ませたドライフルーツのバターケーキ、可愛らしい貝殻の形のマドレーヌ、優しいアーモンドの香りが鼻孔をくすぐるフィナンシェ。

あああ、想像しただけで涎が出そう。

横文字に弱い武士は、甘いお菓子は好きだろうか。

この前一緒にかりん糖をポリポリつまんでいたくらいだから嫌いではないだろう。

好きだと言ったら、見せびらかしながら目の前で美味しそうに食べてやればいい。

もしあの懐っこい笑顔を浮かべて、素直に「食べたい」と言ったら、ほんの少しだけ分けてやってもいいかな。

にまにまとそんな考えに頬を緩めた頃、古めかしい屋敷が見えてきた。



(あ)



庭に面した私の部屋に灯りがついている。

それを見た私の心にも、ポッと小さな灯りがついた気がした。


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