「柔らかい紙なら、これでいいかな?あと、油は食用油とこれ――髪に塗る椿油があるけど、どっちかいい?」
ティッシュの箱を差し出してから、鏡台の上のばあちゃん御用達メーカーの椿油を振って見せる。
「どっちでもいいよ。出来るだけ新しい方」
じゃあこっちだ。
箱を開けてまだほとんど使っていない小瓶を差し出す。
あまりマメに自炊しない私が使っているサラダ油なんて、もうどれくらい前に開封したものなのか分かったものじゃないから。
畳に胡坐をかいて、揉んだティッシュで刀身の赤色を手早く拭い始めた権兵衛(仮)を眺めながら、もうひとつの注文の品はどうしたものかと考える。
庭の木から適当なのを折り取ってきてもいいけど、生木は意外に柔らかい。
乾いた、硬い枝――
おっといいものを思い付いた。
そうだ、あれがあるじゃないか。
「ちょっと待ってて。取って来るから」
そう言い残し、慌てて台所に向かう。
引き出しを開け、箸やスプーンの入ったケースを取り出すと、その奥にコンビニの青いロゴが見えた。
そう、これこれ。
お弁当につけてくれる割り箸。
幾つか掴み取って部屋に戻る。
「これでいいかな?」
差し出された袋入りの割り箸を好奇心たっぷりに眺めてから、彼はうんうんと頷いた。
「うん。じゃあそれをここに差し込める大きさに削ってくれるかな」
ここ、と言って見せられた刀の柄には、周囲とは僅かに色の違う小さな丸が確認できた。
「私がするの?」
「別に僕が自分で削ってもいいんだけど、君、その間に僕の刀大切に持ってられる?女の子にはかなり重いと思うけど、落とさず、ぶつけず、傷一つ付けずに持っていられる?もしぶつけたりして傷つけたら――許さないけど、いい?」
「喜んで削らせて頂きます!」
今はもう綺麗に拭われて刀身は本来の暗い金属の色を取り戻してはいたけれど、さっきまで紅く濡れていた刀なんて触りたくもなかった。
多分、私がそう思っていることをこいつは分かっている。
分かっていながら、気分を害するでもなく、私の逃げ道を作る為にわざと『傷付けたら許さないが、それでも刀を預かりたいのか』なんて脅しに似た言葉を突き付けた。
生意気な口ばっかりきいて私を困らせる癖に、本気で嫌がることはしない。
そういう優しさが憎たらしい。
「何してるの。ほら、早く」
急かされて慌てて机の上のカッターを取り上げると、権兵衛(仮)の持つ柄の小さな丸と睨めっこしながら割り箸を削り始めた。
「ところでさ、あんたって新選組だったの?」
いつもの淡い色の着物とは違う、歴史音痴の私でさえ見覚えのある浅葱色のだんだら模様。
それは、確か新選組と呼ばれる人たちが羽織るものではなかったか。
だから、あれほど執拗に新選組の名前を連呼していたのか――答えを聞く前に合点がいった。
その推測を裏付けるように、彼は「バレちゃったか」なんて言いながらへらりと笑っている。
「屯所は知らなくて羽織は知ってるなんて、ほんと、君の知識ってちぐはぐだよね」
私の作業ぶりを監視しながら、彼は呆れたようにそう呟く。
否定できない辺りが悔しい。
それでも何か言い返したくて口を開く。
「で、でも、新選組のメンバーは何人か知ってるよ」
「めんばあ?」
当たり前っちゃ当たり前なんだけど、この横文字に滅法弱い新選組と会話するのは時々ひどくじれったい。
メンバーってなんて訳せばいいんだろう。
「えーっと……組員?隊員?」
「ああ、隊士のこと」
「そう、それ」
「で、誰を知ってるの?」
「沖田総司」
私の言葉に、彼が小さく息を飲んだ。
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