011 紅に染まる月▽side:総司
鍔迫り合いになった相手の刀を力任せに弾き飛ばして、出来た隙へ右袈裟に切っ先を叩き込んだ。
返り血を浴びないよう、素早く身を引きながら断末魔を聞く。
地面へと崩おれた‘それ’が二度と動かなくなったことを確認してから、血脂を振り払った刀を鞘に納めた。
「山崎くん、いるよね?」
闇の中から微かに気配が見え隠れする監察方に声を掛ける。
「こちらに」
すぐ近くから声が返って来た。
「‘これ’の処分、お願いね」
「分かりました。二丁先で斉藤組長が浪士五名と交戦中とのことです、沖田組長はどうぞそちらへ」
「うん、わかった」
一くんの事だから、僕が辿り着く前に全員斬っちゃってるかもしれないけどね。
自分にだけ聞こえるようにそうごちて、その場を後にした。
目立たないよう出来るだけ月光の届かない、闇の深いところを選んで走る。
激しい剣戟の音が近づいてきて、呉服屋の角を曲がると細い通りに人としての役目を終えた器が散らばっていた。
「あーあ、やっぱり一くんが全部片付けちゃったのか」
聞こえよがしに不満を漏らすと、片膝をついて骸の一つを検めていた影が音もなく立ち上がり、振り返る。
「総司か」
淡い月の光に浮かび上がった左腕の剣士の白い襟巻には染み一つなかった。
勿論、浅葱色の隊服も屯所を出た時と同じまま。
流石、一くん。
素直にそう誉めたのに、一くんは僅かに眉をひそめるだけだった。
「褒められるようなことはしていない。第一、“全部”というのは間違いだ。戦闘中、浪士二名が逃亡した」
「ふうん、そう。今から探せば斬れるかな」
「どうだろうな。ここから花街は近い、隠れる場所には不自由せんだろう」
「そっか、残念」
じゃあ、僕は先に戻るね。
戦う相手が居ないんじゃ長居は無用、とばかりにくるりと回れ右して元来た道を戻り始める。
一くんは骸の持ち物の検分を再開したみたいだった。
雨戸を引いてひっそりと眠っている団子屋の角で曲がって大通りに出る。
十五夜の月明かりに照らされて、人の気配のない大通りは静かに青く光っていた。
ふわりと出そうになった欠伸を押さえようと口元に手を伸ばして、それに気付く。
隊服の袖口がべったりと紅に染まっていた。
あーあ、これじゃ千鶴ちゃんに洗濯してもらう訳にはいかないな。
血で染まった隊服は自分で洗う。
ここ最近、屯所内の細々とした世話を請け負い始めた彼女への、小さな配慮を初めに見せたのは、他の誰でもない土方さんだった。
あの鬼副長が、と揶揄する人間もいたけれど、それは暗黙の了解になりつつあった。
(みんな、千鶴ちゃんには甘いんだから)
小さく笑いを零しながらそっと鯉口を切った。
刀身を抜き放ち、軽く左に跳躍する。
さっきまで総司の体があった場所を、上段から降り下ろされた刀が切り裂いた。
なびいた袖をするりと刃先が撫でる。
「大人しくしていれば、もう少し長生きできたのに」
総司の言葉が聞こえていたのかどうなのか、目を血走らせた浪士は恐怖と狂気をない交ぜにした顔で唾をまき散らしながら斬りかかって来る。
それをため息混じりに肩口すれすれでやり過ごし、一歩踏み込んでから素早く突きをねじ込んだ。
ひとつは喉へ、ひとつは心の臓へ、ひとつは肺へ。
確実に急所を穿った手応えを感じた。
慣性に従って、その勢いのまま浪士の横を通り過ぎる。
魂の抜けた虚が地面に落ちる音が耳に届き、踏み込み足が再び土を踏んだ瞬間、慣れ親しんだあの感覚が襲ってきた。
ああまたか、という諦めと、どうして今、という苛立ちが身体の中に充満する。
闇に閉ざされた視界に再び光が戻り、耳の中で轟音が消えた時には、目の前に美緒ちゃんの姿があった。
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