002 侵入者▽side:総司
ぱたぱたと近付いてくる足音に目が覚めた。
歩幅の狭い、女の子の足音。
屯所にいる女の子のなんて一人しかいないから、それが誰の足音かだなんて容易に特定できる。
部屋から無闇に出ないよう言っておいたのに、言いつけを破った上にわざわざ幹部棟まで来るなんて。
小さく嘆息した。
そこで、違和感を覚える。
この足音は、違う。
確かに女の子の足音ではあるけれど、彼女のものではない。
もう少し、落ち着いた大人の足音――
どうやってこの屯所に入り込んだのだろう。
今夜は一くんの三番組が敷地内を哨戒している筈だけど。
向かうのは近藤さんの部屋か、土方さんの部屋か。
いずれにせよ、見逃す訳にはいかない。
総司はすぐに起き上がれるよう身構えた。
侵入の目的を見極めたいし、少し泳がせてみよう。
足音の主が部屋の前を通り過ぎたらそっと後を追ければいい。
目を瞑り、近づく音に意識を集中する。
けれど、足音は予想外に総司の部屋の前で止まった。
あ、と思った瞬間にはもう遅く、障子戸が静かに開く。
部屋の入り口に立ちすくんでいる者が、小さく息を飲むのが分かった。
慌てたように再び戸が閉められる。
(……?)
戸惑い勝ちな気配はそこに佇んだまま動かない。
間蝶、にしては余りにも迂闊。
相手に気取られないよう、そっと畳の上の刀に手を伸ばした、
筈だった。
(ない……?!)
床につく前、傍らに置いた筈の大小がどこにもなかった。
起き上がり、部屋を見渡す。
(僕の部屋じゃない)
初めに目に飛び込んできたのは、部屋の隅にある立派な仏壇。
他にも細々と見慣れない調度品が置かれていて、殺風景な総司の部屋とは似ても似つかない。
いつ、どうやって移動させられたのだろう。
気付かない程に熟睡していのだろうか。
あり得ない。
静かに立ち上がり、仏壇の前で軽く手を合わせると火立を一本拝借する。
刀の代わりには到底なりそうもないけれど、蝋燭を立てるための長く尖った錐は使えなくもないだろう。
障子に身体を寄せた。
戸に手を掛けたまま動かない影が、ぼんやりと障子に映っている。
暫くして、ゆっくりと戸が滑った。
ちらりと月光に照らされた横顔が目に入る。
素早く立ち上がりながら、小さく結ばれた口元に手をのばす。
右手の火立を白い喉に押し付けると、抗いもせず易々とこの不可思議な侵入者は総司の腕の中に収まった。
ふわりと揺れた髪が、果実のような甘い香りを発する。
微かに震える華奢な身体から伝わってくるのは、ひたすらに‘恐怖心’だけだった。
(まるでただの女の子だ)
肩透かしを食らったような、どうにも腑に落ちない居心地の悪さを感じた。
だからだろうか。
「ねぇ、僕の刀はどこ?」
存外に柔和な声音になった。
それを敏感に感じ取ったのか、声に反応した身体から緊張感が抜ける。
「あ、ちょっと……!」
そしてそのまま、不可思議な侵入者は総司の腕の中で意識を手放した。
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