「ええ?どうして。そんなこと言われても困るんだけどなぁ」
困る、と言いながらその顔は全く困っていない。
むしろ面白がっている。
困ってるのはこっちだ。
「こっちばっかり情報提供して不公平だ!取り敢えずあんたの名前教えろ。話はそれから!」
いきなりの私の剣幕に彼はびっくりしている。
何だこの女、いきなり発狂したとか思われているんだろうか。
でも、いつの間にか彼のペースに巻き込まれて、なんだか色々肝心なことをうやむやにされているような気がした。
「な・ま・え!」
早く早くと迫る私を冷静に観察してから、彼は焦らすようにゆっくりと口を開く。
「うん、質問攻めにしちゃってごめんね」
柔和で丁寧な物言いに毒気を抜かれる。
綺麗な男の子にそんなにっこりされたら誰だって悪い気はしない、多分。
「僕はね――そうだな、権兵衛だよ。名無権兵衛って言うんだ」
「は?」
ナナシゴンベエ?
名無しのごんべってこと?
「それ、絶対偽名だよね……そして、今この場で思いついたよね。有り得ないよね、そんな名前」
「ええ?心外だなぁ。全国の名無権兵衛さんに謝りなよ」
自分に謝れとは言わないのか。
それがまた、偽名であることの裏付けになる。
余裕の表情で権兵衛(仮)は笑っていた。
その微笑みにうっすらと黒いものが見えるのは気のせいか。
礼儀正しいんじゃない。
こいつは慇懃無礼な奴なんだ、と。
一連のやりとりを思い出して、私はそういう結論に至った。
よくよく考えてみれば、言動が一々人を小馬鹿にしている。
さっきの質問攻めも、どこまでやれば私がネをあげるか観察していたのでは……うわぁ、やな奴。
そう思い始めると、もう一言一挙が全て悪意のあるものに感じられてきた。
「なんかもうやだ。あんたと喋りたくない。早く成仏してよ」
「だからまだ死んでないってば。僕も帰れるなら早く帰りたいけどね」
肩をすくめる様が憎たらしい。
どうにもこうにも、この珍妙な客はまだまだ帰る気がないみたいだった。
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