「ああああああんた幽霊だったの?!」
後ずさろうとした私の体重を受け止めて、椅子がギッと軋んだ。
それを見て、彼はまた可笑しそうに笑う。
「そうだよ、往年の恨みを晴らす為にこうやって夜毎刀を抱えて化けて出るんだ」
「……見ず知らずのあんたに恨まれるようなことした覚え、ないんだけど」
「ふうん、そう。ま、僕も君には恨みなんてないんだけどね。まだ死んだつもりもないし」
「は?」
「なんでここに来ちゃうのか、僕だって分からないんだ。気づいたら、どろん」
強盗の幽霊は引っ張らない主義らしい。
尋ねる前にさっさと私のモヤモヤの答えも種明かししてくれた。
どろん?
「幽霊、ね――ま、君にとったら似たようなものかもね」
意味深にそう呟いてちらりと自分の足を確認しているのが目に入った。
足があるから幽霊じゃないって?
いやいや、普通の人間が何もない空間から突然現れる筈がない。
「まぁいいや。悪さしないからさ、僕のことは放っておいていいよ……美緒ちゃん」
「……」
「ああ、やっぱり君の名前なんだ。これ、何?ここに描かれてる絵、びっくりするぐらい似てるんだけど」
机の上に置きっ放しにしていた私の免許証を矯めつ眇めつしている。
悪さをしないんじゃなかったのか、こら。
思わず心の中でそんな突っ込みを入れる。
着物の時代の幽霊(何時代の人だったのかは分からないけれど)は免許証を知らないらしい。
「免許証。車に乗ってもいいっていう許可証。あと、それは絵じゃなくて写真」
「へえ、写真に色が付いてるなんてすごいね。ところでさ、その車っていうのは乗るものなの?許可証が要るの?」
「乗る以外にどうするの」
「車は引くものしょ?ねぇ、引くのにも許可証は要るの?」
「……その車じゃない」
時代の隔たりって恐ろしい。
多分彼が指しているのは手押し車とかそういう類だ。
口で説明するのも面倒だし、インターネットで“車”を検索して画像を表示させてやる。
「こういうの」
「なにこれ、変なの。これのどこに乗るの?上?」
子供みたいな発想に思わず噴き出した。
既成概念がないって自由だ。
「まさか。ここにドアがあるでしょ?ここを開けて中のシートに座るの」
「どあって?しいとって何?」
「ドアは扉、シートは椅子のこと」
「ふうん。で、どうやってこれに乗るの?」
「話、聞いてた?」
「聞いてたよ。‘どあ’を開けて‘しいと’に座るんでしょ?でもこんな小さいの、どうやって乗るの?どうやってこの薄っぺらい箱から取り出すの?」
細長い指でコツコツとパソコンの画面を叩く。
「これも写真。パソコンで写真を見てるだけ」
「写真?紙じゃないのに、これが写真?それにぱそこんって?」
「えーっと、パソコンはコンピューターのことで……」
「こんぴゅーたが何なのか分かんないんだけど」
「コンピューターはええっと……」
「説明出来ないの?君は自分でもよく分かってないものを使ってるの?」
「それは、その――あああ、もう!質問禁止!」
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