ええと、あれ?
なんだ?どういうことだ?
今、私は自分の置かれている状況がどうにも理解出来ずにいた。
視線を下げれば若草色をした男ものの着物を着た私の身体がそこにあって、視線を上げればやたらとフレンドリーに話かけてくれる平助が居て。
えーっと、なんだろうこのご都合主義。
普通さ、見慣れない格好の人間が突然現れてさ、かくかくしかじかだから着物貸してくれとか言ったら怪しいじゃん?
警戒するじゃん?
総司ならきっと、ばっさり斬っちゃうじゃん?
なのに。
「マジで間に合ってよかったな!」
ニコニコ笑顔の平助は、着物を貸してくれたどころか、私が四苦八苦しながら着替えている間に私の分の朝食の手配までしてくれたらしい。
朝餉の支度が始まったばっかりだったから一人分くらい増えたって平気だって、そう言って笑う顔は人懐っこい子犬みたいだ。
総司からは賑やかし担当の三馬鹿がひとり、とは聞いてはいたけれど、とてもバカなことばかりやっているような人には見えなかった。
爽やかで、気さくで、優しくて。
好青年を絵に描いたような、そんな感じ。
冷血マイペースのあいつに爪の垢でも煎じて飲ませてやってよ、冗談抜きで。
そんなことを考えながら、笑顔の平助に頭を下げる。
「――それにしてもごめんね」
着替え、手伝ってもらっちゃって。
そう言うと、平助は明らかに慌てた様子でそっぽを向いた。
そう、恥を忍んで手伝ってもらったのだ。
浴衣すら一人でまともに着れないんだから、ほい、と突然着物を手渡されたところで帯なんて結べる筈がない。
途方に暮れていたところに平助が戻ってきたから、お願いした。
男の人に着替えを手伝ってもらうとか、まともな精神じゃ出来ないだろうけど。
私とそう変わらない華奢な体躯だとか、大きなツリ目がちの子供っぽい顔立ちだとかが実年齢よりもずっと幼く見えて、失礼な話、男の人って言うより、男の子って感じしかしない平助に身の危険なんて全然感じなかった。
それにこの初心な反応。
今も耳まで真っ赤に見えるのは、絶対気のせいじゃない。
着替えを手伝ってくれてる間中、半端なく動揺してたし。
「ベ、別に!困ってる奴がいたら放っておけないしさ!」
ぶんぶんと手と頭を振る様は小動物を思わせる。
っていうか、可愛いなぁもう!
その猫っ毛の頭を撫でまわしたい衝動に駆られる。
いやいや、恩人にそんなこと絶対に出来ませんけどね?
でも可愛い。
うちに毎月やってくるのがこの子だったらよかったのに。
あんなでっかい子供みたいな総司じゃなくて。
毎月毎月、平助のこの可愛らしい仕草だとか反応だとかを眺められるなら、なんか色々と人生がバラ色だと思う。
あああ、神様って意地悪だわ。
「よっし、そろそろかな」
飯、食いに行こうぜ!
身軽に立ち上がった平助が、私の腕を引いて立たせてくれる。
うわ、なんかちょっとドキッとした。
年甲斐もなく、おねえさんドキッとしちゃったんですけど!
バカみたいなことを考えながら、平助の後に続いて廊下に出る。
バカみたいなことを考えてたから、
「わぷっ」
気付かなかった。
まさか廊下に人がいるなんて思わなかったんだ。
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