「悪い冗談だ!」
「あっははは。ほんとにね」
諸悪の根源が私に同意してけらけらと笑う。
そう言うなら、どうして私を連れてきた。
明らかに確信犯である目の前の長身を恨みがましく睨み上げる。
明日からの仕事はどうしてくれるんだ。
総司の現れるいつもの周期を考えるなら、私があの時代に戻れるのは一ヶ月後。
一ヶ月も無断で仕事をサボればどう考えたってクビ間違いなしだろう。
ていうか、捜索願を出されるレベルなのでは?
それは困る!
次に戻った時にどう弁解すればいい?
新選組の時代へ行ってました?
無理無理、有り得ない。誰が信じるってんだ。
冷蔵庫に入れっぱなしのお惣菜の賞味期限も気になる。
週末には亜矢にCDを返す約束だってしてるし、兎に角ここにいる訳にはいかない。
「帰してよ!今すぐ私をあっちに帰らせろ!」
必死の思いで総司に詰め寄ったけれど、「僕にはどうにも出来ないし」の一言で済まされた。
無責任な。
「それよりもさ、次の満月までこちらでどうやって生活していくかを考える方が現実的じゃない?」
それよりもって言いやがった。
それよりもって。
責めたい気持ちをぐっと堪える。
確かに、帰れない可能性の方が高い今、こっちで生きていく術を考える方が建設的かもしれない。
でも、なんだか釈然としない。
騙されてる気がする。
「取り敢えず、その辺をうろうろしたいならその格好をどうにかしなよね」
その格好、と指差された自分の服装に改めて絶望する。
着倒してくたくたになった暗灰色のパーカーと、胸元の赤いネコのイラストが胡散臭いカットソー。
ミントグリーンと黒のボーダーのショートパンツから伸びる足には、黒い着圧ソックス。
……完全無欠の部屋着だった。
言われずとも、こんな格好でうろついたりなんかしない。
けど。
ここは私の家じゃなくて。
時代すら違って。
人前に出ることの出来る服を手に入れる為の通貨すらきっと違って。
八方塞としか言いようがない。
「……服貸して」
「は?」
「ふ・く!き・も・の!」
貸してって言ってんの!
そう詰め寄れば、まるで駄々っ子を相手にするかのように総司はやれやれと首を振る。
「美緒ちゃんに僕の着物は大き過ぎると思うんだけど」
じゃあ誰のでもいいから!
何人かで共同生活してるんでしょ!
ちっちゃい人だっているんでしょ!
最早、なりふり構ってられない。
私が今ここにいる責任の一端は総司にもあるんだから、ちょっとくらい協力してくれたって罰は当たらないだろう。
そう詰め寄れば、それもそうか、なんて意外にも素直に頷いたから驚いた。
「千鶴ちゃん――じゃちょっと小さいだろうし、平助あたりにでも借りてくれば?」
ふわりと欠伸をしながら総司はそんなことを言う。
ああ、うん、期待した私がバカだった。
総司って本当は結構いい奴なんじゃ、そう思った私がバカだった。
総司がそんなお人好しな訳がない。
悪戯で私をこちらに連れて来るような、そんな人でなしに優しさなんてこれっぽちもある筈がなかった。
現に、手はほら行けと言わんばかりにしっしと私を追い払う。
いやいやいや。
突然見ず知らずの人間が着物貸してくれとか現れても警戒するだけじゃんよ。
せめて平助くんとやらに状況を説明するくらいはしてよ。
「ああ、平助なら大丈夫」
何が大丈夫なのか全然分からない。
「ほら、善は急げって言うじゃない」
ぐいぐい背中を押す総司に部屋から閉め出され、燦々と朝陽の降り注ぐ廊下にぽつんと取り残される。
え、本気?
本気なの?
二つ隣が平助の部屋だからーだなんて暢気な声を最後に、部屋の中の気配は静かになる。
そっと襖を細く開けて覗いてみれば、私をこんな窮地に立たせた張本人はごろんと横になっていて――
寝息を、立てていた。
なんだその寝つきの良さ。
お子さまか。
ぐあああああ、もういい!
も、いい!
二つ隣の部屋、なんでしょ!
もうどうにでもなれってんだ!
ぷりぷりしながら足音荒く廊下を進む私は、その大丈夫な平助くんとやらがいるらしい部屋を目指した。
ああ、もうほんと腹立つんですけど!
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