ほらほら吸血鬼の話だよ、って半ば強制的に炬燵に入らされる。
目の前には“ちょこ”だの“くっきー”だの“ここあ”だの、甘いお菓子が並ぶ。
ほんと食べ物のよく出てくる家だよね。
おじさんとおばさんも、びっくりするくらいよく食べるし。
先々月会った美緒ちゃんの両親を思い出しながら、“ましまろ”を口に放り込む。
甘さがゆっくりと口の中で融ける。
僕と同じようにふわふわとした白い菓子に手を伸ばした美緒ちゃんは、自分の口ではなく、“ここあ”の入った湯呑みにそれを放り込んだ。
ゆるゆると融けていく白。
それが面白くて、僕も真似して一粒だけぽとりと落としてみた。
“ここあ”と一緒に喉へ流し込めば、とろりとした触感が面白い。
「取り敢えず、吸血鬼を人間に戻す方法はないに等しいってことが分かった」
徐に口を開いた美緒ちゃんは開口一番、つまらないことを言う。
なんだ、やっぱりそうか。
諦めに似た感情を抱きながらも、どこかがっかりしている僕が居た。
元々が伝承やお伽噺の類なんだから、これといった正解はないんだけどね――そう前置きして美緒ちゃんは仕入れた情報を披露してくれる。
自分を吸血鬼にした奴を倒すだとか。
本当に愛する人と結ばれるだとか。
吸血鬼から人間に戻った人の血を吸うだとか。
「戻る方法ってのは色んな物語に出てくるけど、統一性がないんだよねーこれが」
逆に、心臓を貫くか首を切るかすれば死ぬって、そういうのは一貫してるんだけど。
その言葉に、ぞわりと鳥肌が立った。
首を刎ねても――殺すことが出来る。
“吸血鬼”って、まるで本当に羅刹のことを言っているみたいだ。
一度は死んだ、けど、血の呪いで生かされてるってところとか。
人ならざる腕力や俊敏性を発揮するだとか。
夜にしか動けない、とか。
美緒ちゃんが羅刹のことを知っているんじゃないかって疑いたくなるくらいに、彼女の口から出てくる言葉は、僕の知るそれとの共通点が多かった。
けれど、実際には“羅刹”のらの字も出てこない。
試しに変若水について曖昧に訊ねてみたけど、全く何の事を言っているか分からないって顔してたし。
やっぱり無関係なのか――いや、でも――
ぐるぐると思考が堂々巡りを繰り返す。
ここまで共通点があるなら、美緒ちゃんの言う信憑性のない【人間に戻す方法】も、幾つか試してみたらアタリが出るかもしれないじゃない。
そんな小さな期待を抱いてしまう。
本当に愛する人と結ばれる、っていうのはちょっと難しいかもしれないなぁ。
一応、変若水を飲むって決めた時点で、血縁者なんかには死んだっていう風に報せてるし。
正気を保てなくなっちゃってる子たちにはもっと難しい。
じゃあ、羅刹を作った人を斬っちゃえば彼らは元の人間に戻れる?
――そもそも、羅刹を作った人って、誰?
幕府の偉い人たち?
それとも、日の本に変若水を持ち込んだ人?
あるいは、変若水を作った人?
もしくは――変若水を改良した、山南さん?
ああ、頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。
それでも、少しは何かの役に立つかもしれない。
どういう風に山南さんに伝えるかな。
「美緒ちゃんが屯所に来て説明してくれれば一番手っ取り早いんだけど」
僕の独り言の意味をとれずに首を傾げる美緒ちゃんに曖昧な笑みで返してから、僕は少し冷めた“ここあ”に口をつけた。
ほんと、もう面倒臭いから屯所まで連れてっちゃおうか。
183/194